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「おじゃましま~す…あれ?」
その日もリーはいつものように、手が開いた為カミシュの元を訪れた。小屋の扉をノックしても反応がなかったため、勝手に扉を開けると、そこにカミシュの姿はなく、先日生まれた地狼が床で気持ちよさそうに眠っていた。少し辺りを見渡してもいつもカミシュに付き纏っている精霊すら見当たらない。
地狼を起こさないように気をつけながら手にしていた荷物を机の上に置き、地狼の傍に歩み寄る。気配に気が付いたのか、地狼が1度だけ鼻を持ち上げた。その背をそっと撫でると、頭を上げ、額を掌に押し付けてくる。そのまま額から首、背中にかけて少し指を立てて髪を梳くように撫でてやると、気持ち良さそうに目を細め、「ありがとう」とでも言うように一度尻尾を振り、再びすやすやと寝息を立て始めた。
その後、2,3度繰り返しその背を撫で先ほどと同じように部屋の中を見渡した。部屋の様子にいつもと変わりは見当たらない。部屋にいるより外が好きな彼のことだ。いつものように自分の土地を歩き回っているのだろう。それならば、と立ち上がり、早速行動を開始する。持ってきた荷物を机の上に広げる。バターや小麦粉など、様々な材料が並べられた。リーは棚に置かれた篭を見る。篭の中には色とりどりの、種を持つことのできなかった果物が入れられていた。それを見てしばらく思案すると、リーはにっこりと微笑んで料理を開始した。
《あら、今日はなんだかいつものと違うわ》
しばらくすると、窓のほうからそんな声が聞こえてきた。見ると見慣れた精霊が匂いに誘われたのか、部屋に入ってくる所だった。
《…くっきーを広げてるの?》
いつもとは違う作りかけの様子に興味深そうに覗き込む。よく見る色のものが、薄く丸い銀色の器に敷かれている。不思議そうに首をかしげる精霊に、リーはふふっと笑う。
「今日はタルトを作ろうと思うの」
いちごやクランベリーがたくさんあったから、と器を見せる。そこには、先ほどの篭から取り出した果実が、目いっぱい入れられていた。
クッキー生地をひいたバットを手にして窯に向かう。しかしそこには薪がくべてあるだけで、火種になるようなものがない。魔法使いであるリーにとってそれは何の問題もないことだった。慣れた手つきでバットを窯の中に入れると、火をつけて窯を暖める為に魔法を唱えた。
「きゃっ」
魔法を唱えた途端、予想以上の強い火とボンっと言う爆発音に、リーは思わず目を閉じた。床で寝ていた地狼も何事かとその体を起こす。幸い音の割には大したことはなかった。
《ちょっ大丈夫!?》
「ええ、最近ちょっとこういうの多くて…」
リーの様子を興味深そうに見ていた精霊が慌てて近寄る。冷静さを取り戻したリーは「まだまだ未熟者ね」と苦笑している。
《…それって彼の近くにいるからじゃない?》
私たちも彼と一緒にいると力が強まるもの、と事も無げに告げられた言葉にリーは目を丸くする。そんな様子もお構い無しに精霊は続けた。
《人間って私たちとか、自然と共にしてるだけでも私たちが見えるようになったり魔力が上がるんでしょ?なら龍である彼と一緒にいて異様に魔力が上がって制御できなくなってるだけじゃない?》
それだけ言って窯の中をわくわくと覗き込んでいる精霊に、リーは言葉も出ない。聞きたいことは山ほどある気がするのに、それらをうまく言葉にできなかった。
「…ねぇ、もしかして魔力がなくなったらあなたたちを見ることもできなくなるの?」
ようやく一つ質問がまとまった頃には、クッキー生地が焼けていた。慌てて中のソースを作り始める。ベリーを煮詰めるために熾した火は、今度はうまくつけることができた。
《?そりゃそうでしょ。まぁ、こっちがその気になれば魔力ない人にも姿を見せることくらいできるけどね》
「じゃあ、カミュ様も…?」
《…?もちろん》
不思議そうにリーを見つめる精霊。人間って何も知らないのね、と思ったが衝撃を受けているリーを見て、その言葉を胸にしまっておくことにした。
「あ、なんか良い匂いするー」
しばらくしてカミシュが小屋に戻ってきた。中に漂う匂いに鼻を引くつかせる。タルトを見ると満面の笑みになった。
「これ何?おいしそ」
早く切ってくれと言わんばかりにそわそわしている。そんなカミシュの様子に周りの精霊達がくすくすと笑うが、彼女達も初めて見るタルトに興味津々であった。待ちきれないのか、ナイフを持ち出して、リーに渡そうとするものまでいる。
「今日は果物が多くあったのでタルトを作ってみした。お口に合うといいのですが…」
そう言いながら精霊からナイフを受け取り、切り分けていく。リーの口調にカミシュの動きが一瞬止まったが、すぐにいつもの笑顔に戻り、誰にも気付かれることなかった。
リーが片づけを終え、自分の家に戻ると、カミシュが薄暗くなった部屋の中でぼんやりと窓の外を見ていた。その表情は、決して明るいものではない。
「それが、リーの答え…?」
苦痛に歪めた顔を俯かせて呟いたその声は、心配そうに見つめる小さな地狼だけが耳に留めていた。
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