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始まりの詩 - 前編 - 回想

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 今回の仕事も、彼女にとっては簡単なもののはずであった。自慢ではないが、同期の仲間達よりも場数はこなしているし、魔力だって高い。狩人(《ヒョント》})の中でも上位に入るほどであろうとすら囁かれている。いつもの通りに準備を進め、他のものに影響がないように結界を張って罠を仕掛け、いつも通りに魔獣を仕留め、上に報告するはずだった。



 それが一転したのは、ほんの些細な出来事だった。罠にかかった魔獣を前に、最後の魔法を唱え始める。魔獣は罠の中で暴れ回っている。しかし、それも計画のうちであった。罠を張ったのは時間稼ぎに過ぎない。罠にかかったまま仕留めてしまうと罠を外すのに時間がかかってしまう。その後魔獣に襲われることはないが、必要以上に疲れてしまうため、やむをえない場合を除いて、罠は足止めにしか使わない。ある程度魔獣の体力を奪ったところで、あらかじめ張っておいた弱めの罠まで誘導させる。罠の中で魔獣がもがき苦しんでるうちに多少詠唱に時間が必要な魔法を唱え、罠が解けた瞬間を狙って魔法を放つ。それが彼女のスタイルだった。



 呪文詠唱が半分まで来た時であろうか、耳に届いた、叫ぶような鳴き声に視線を上に向けた。

(ツチノトリ!?)

 そこにいたのは金砂の混じった砂のような色を持つ鳥の番だった。心配そうな目を魔獣のほうに向けている。警戒心の強いその鳥が魔獣と人間がいる場にいることに驚いた彼女は、よっぽどの事がそこにあると判断し、慌てて魔獣の辺りに目を向ける。そして、それを見つけた。

(雛!!?)

 そう、魔獣の足下にいたのはツチノトリの雛であった。どういったいきさつで結界の中に入り込んだのかはわからないが、魔獣と共に罠にかかって暴れている。かかっている罠は、小さい物を対象にしたものではないため、逃げるだけなら容易いはずだが、暴れる魔獣に脅えてか、うまく逃げられない様子である。上空からは親鳥の心配そうな声、すぐ側では魔獣のうめき声。結界内に第3者が入り込むことなど考えもしていなかったため、唱えている魔法は、彼女以外の者全てにその力を及ぼす。ツチノトリの雛が逃げることのできる可能性など、恐らく万に一つもないであろう。

(組みなおしても間に合わない!)

 間もなく罠が解けることは、経験上わかっていた。今までの詠唱を止めて新しく魔獣だけを対象にした魔法を組むには、時間が足りない。だが、雛を助けないわけにはいかない。

 咄嗟に魔法の詠唱を止め、己の目に保護と祝福をかける。そして天空に右手を翳し、一言呪文を唱えると、雛に向かって駆けていった。
 


 白い光が辺りに満ち溢れている中、雛に駆け寄る。罠は既に魔獣によって解かれているらしく、すんなりと腕に抱えることができた。色と音が戻ってくる。すぐ側で太く低いうめき声が聞こえる。光で目をやられながらも暴れているらしく、前脚を振り回しているのか、空気を切る音が聞こえる。周りの木々を手当たり次第に傷つけているらしく、木立を揺らす音と、重い、地を揺らす音が聞こえる。雛を懐に抱えると短いながらもできるだけ強力な魔法を唱える。魔法を放とうと振り返った彼女の目の前に、己の背丈の倍もある高さから、魔獣の大きく牙を剥き出しにした口が迫ってきていた。咄嗟に魔法を放ったのと、左肩に熱い痛みを覚えたのは、同時だった。
 
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