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始まりの詩 - 後編 - 龍の願い

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「そなたが、サニュイ=リニカか?」
 重厚な音と共に背後で扉が閉じられたような気配がし、それと同時にどこかから声が響いた。声の聞こえた方向を向こうとするが、天井が高いのか音が反響してどこから聞こえてきたのかわからない。それに加えて眩しすぎるほどの光に目を開けることすらままならなかった。
「左様で…御座います」
 開かないながらも瞬きを重ね、懸命に目を開けようとしつつ応えた。ここで返事をしないことは失礼に当たる。自分の眼に魔法をかければ少しはマシになるだろうが、龍の目の前で勝手に動くことはなぜか憚られた。すると、彼女の様子に気付いた龍から声が上がった。
「光が強すぎるのよ。少しくらい弱められないの?」
 その声に数人分の納得したような声が聞こえた。すぐに何事か呟く声が聞こえ、瞼の奥に届く光が弱まったように感じる。それとほぼ同時にに「ごめんなさいね」という柔らかな声と共に誰かの手で両目を覆われた。聞き覚えのない呪文と共にその手が温かみを帯び、それが両目に伝わる。促されるままに眼を開くと、先ほどとは違い、色鮮やかな世界が広がった。そこにある全てのものがきらきらと光を反射して見えるのは、先ほど受けた龍の魔法によるものだろうか。
「いやぁ、すまない。人間の勝手というものがわからなくてね。何か不便があったら遠慮なく言ってくれ」
 名前を問うた声と同じ声が聞こえ、その出所を探す。変わらず声はあたりに響くが、視界が戻ってきたこともあり、リニカはその声の主を見つけることができた。
 声を辿った先にいたのは一人の少年の姿をした龍だった。聞こえた声は大人の男性のそれだったため、一瞬他の人物がいるのかとあたりを見渡す。
「君の話はシュリマを始め、色々な龍から聞かせてもらっているよ。私もここからだが何度か拝見させてもらった。君のおかげでずいぶんと地上で暮らしやすくなってるようだね」
 視線の先にある幼い口からしっかりとした言葉が紡ぎだされているのを見て、やはり彼が話していたのだと確信する。そもそも千年単位で生を謳歌する龍だ、魔法使い以上に見た目などたいした意味を持たない。
 

「実はここまで良くしてくれた君に何か礼をしたいという話が龍たちの中で上がったのでね、 それでシュリマが戻ってくるのを機に君にもこっちに来てもらう事になったのだ」
 驚かせてすまなかったと言うその口調は、軽い。ここに来るまでのシュリマとリニカの遣り取りを見ていたようで、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。礼などとんでもないと恐縮するリニカなどお構いなしといった様子で龍は話を進めていく。
「それで、何にしようか迷ったんだが」
 その言葉で一区切りすると、傍にいた大蛇の2倍の長さは優にある龍に視線を送った。視線を受けた龍は頷くとするするとリニカの目の前までやってくる。人の姿をしていない龍でこの大きさを見たことがなかったリニカは眼を大きく見開きその龍を見つめた。驚きに満ちたその表情に龍は得意げに笑みを浮かべる。
「良いでしょ、このサイズ。結構便利なのよ?この姿になれるのは私くらいじゃないかしら」
 そう言ってリニカの目の高さでとぐろを巻いたところを先ほどの龍に咎められる。それに心底つまらないといった口調で返事をすると、再びリニカに視線を合わせる。一度微笑むように眼を細めるとゆっくりとその大きな瞳が閉じられた。そのままの状態で呪文を唱えると段々とその額辺りから黄緑色の光が発せられてきた。やがてそこに握り拳大のやや黄みがかった緑色の球体が浮かび上がった。
「ぜひ受け取ってくれ」
 少し離れた位置から聞こええたその言葉に、恐る恐る球体に手を伸ばす。そっとそれの下に手を添えると、音もなくリニカの体に近寄り、あっという間に体に溶けて消えてしまった。突然の出来事に量の手を裏表交互に見やっては開閉を繰り返す。はたまた己の後ろ側を見渡したりと忙しない。いくら「受け取れ」と言われたとしても、手をかざした途端に吸収してしまっては、なんとも居心地が悪い。
「あの、これは…?」
 どこをどう見ても元の球体には戻せそうになく、さして体に変化もないためどうして良いかわからず困り果ててしまった。そもそもあれはなんだったろうかと目の前の龍とその奥に見える少年の姿をした龍に視線を彷徨わせる。
「ああ、命だ」
 事もなく告げられたそれにまさに開いた口が塞がらないという状態だった。更に「あれはどのくらいの長さだったかな」と訊ねた少年の問いに「ざっとみて500年くらいですかね」と返ってきた答えにまさに思考が停止した。その間にも二人の間で何か会話がされているが、ただ音が耳に届いているというだけで、内容までは到底頭に入ってきそうにもなかった。
 

「そ、そのようなものを戴くわけにはまいりませんっ」
 ようやくそう返せるようになったのは5分、10分の後ではなかったように思う。必死に食い下がるリニカを「決まった事だから」と二人は嗜めるが、リニカもはいそうですかと頷く訳にはいかなかった。
「まぁそう頑なにならずに聞きなさい」
 話が平行線になって少しして、少年が一つ咳払いをして話し始めた。
 

 彼によると、そもそもリニカに入った命―――正確には約500年分の寿命―――はとある龍のものらしい。その龍は、長きに渡り他の龍たちが守ってきた理を破ろうとしただけでなく、それを咎めても一切反省の色を見せず、更には今龍が地上に降りれるのは自分のおかげだと、そんな傲慢なことまで口にしたそうだ。そこで罰として彼の寿命の半分を奪った。しかし寿命を保管するものなどないし、他の龍だとお互いの魂や力が反発してしまい、ずっと保持していられるのも無理がある。だからといって野放しにしてはあっさりとその龍に取り戻されてしまう。さてどうしたものかと案じた時にリニカの話が持ち上がった。人間ならば反発するような力もないしせいぜい奪った寿命分その人物の寿命が延びるだけである。龍生来の性格として人間や他の生き物を利己心で傷付けることなどできない。更に人間は不老不死を求めるというではないか。これは格好の礼になる、との結論だった。



「それにな」
 と少年は付け加える。

 私たち龍としてはまだ暫くは君がいてくれたほうが安心するんだ。君の造ったリャマという制度は勿論ありがたい。しかし私の聞く限りではシュリマと君との関係に惹かれてる者たちが大勢いる。そして最悪の場合君を頼ろうという考えを持つものが多い。その者たちのためにも今回の礼をぜひ受け取ってほしい。
 
 そこまで聞くと、リニカはそれならば、と笑って礼を受け取った。彼女にしてみれば礼を受けたというよりは新たな使命を授かったといったほうが正しいのかもしれない。
 
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