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始まりの詩 - 後編 - 別れ

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「もうよろしいのですか?」
 見上げていた視線の先に背を向けたのを見てそう声をかけた。背けた先からはカラン…カラン……と鐘の音が微かに、高く響く。
 1つ2つは今生への別れ、5つ目までがリンドガリアの門番への知らせ、6つ7つで龍と審判へ、最後3つが神へ向けて。

 十の鐘の音が悲しく響くのは、鳴らす時刻が夕刻なのと鐘に中身のない薄い鈴がカラカラとあたるから。遠すぎて鈴の音どころか鐘の音すら微かにしか聞こえないのに悲しいのは、去る人が身近だった人だから。彼に対して然程好意も悪意も抱かなかった私でさえ、この音に悲しみが胸をよぎる。まして彼を主としていたシュリマ様の悲しみはいかほどか、私には計り知れない。そして…。
(私は、いつまでこの方のお傍にいられるのだろう…?)

 生まれてから100年を超えたことは、ついこの間、この国の建国70年の式典を行ったことで知った。あれからどのくらいの時が過ぎたであろうか。
 気が付けば魔法省にも同期の姿はめっきり見なくなったし、辛うじている者たちは楽だからと普段は老人の姿でいる。
 仲の良かったメグは数年前にリンドガリアへ旅立った。シュリマ様の傍にいるとは言え、私にも必ずその時は訪れる。そしてきっと、いいえ必ず、それはシュリマ様よりも早くやってくる。
 ここ最近のシュリマ様は、物思いに耽って沈んでいらっしゃることが多かった。そしてその原因はおそらく王の老衰と死だ。3人の王と契約を結び、その全てが自分よりも先にあっけなく去っていくのだ、無理もない。自分よりも後に生まれた者が、瞬く間に年を取り、弱り、自分を残して消えていく。
 私もメグが先立ったのを知った時は全身の力が抜けるほどだった。それでもすぐに持ち直せたのは、シュリマ様がいたおかげ。私はシュリマ様にとってそんな存在であれただろうか。あれたとして、確実に先逝く者として、これから何をすべきだろうか……。
 
 


「うん、無事に辿り着けそう」
 うつむいていた視線を上げて明るく発せられた言葉にハッとする。声と同じく、明瞭な光を宿した瞳が少し不思議そうにこちらを見ていた。
「…先王の魂ですか?」
 取り繕うには若干白々しかっただろうか。けれど、明らかに不審な私の動きを追及することなくシュリマ様はただ「ええ」と頷いた。

 龍の地《リンドガリア》その果てにある死者のための地。リンドガリアにありながら龍さえもおいそれとは近づけないそこに向かったのを、音か気配で感じたのだろう。そこまで見届けられたら悔いはない、と以前言っていた。恐らく、これで彼女の中で一通りの区切りが付いたのだろう。これでまた、『親しい者の死』が近づくまで、彼女の心が沈むことはないのだろう。
 …そして、次に彼女の心が沈む時は、私との別れの際だろう。その時までに彼女に寄り添う者を見つけなければと思う反面、これから先も絶えなく従者を付け、その者の死を彼女に見届けさせるのかといった思いもある。
 
 

「まずはどこへ向かいましょうか?今日はもう暗いですし、お休みになられますか?」
 自分の中にある悩みを払って努めて明るく声を発した。これは私個人的な悩みである。シュリマ様に心配をかけてはいけない。そしてシュリマ様に何か気付かれる前に答えを見つけなくてはならない。

「あぁそれなんだけど、これからちょっとリンドガリアに寄ってもいいかしら?」
「はい。それならば私は先にどこかへ向かっていましょうか?」
 すっかり言い忘れてた、と言うような口調で伺いを立ててきたシュリマに二つ返事で応える。先王が崩御するだいぶ前からシュリマがリンドガリアに度々出かけていたのは知っている。
 出かける理由はわからないが、護龍を辞める事は龍としても報告だとか手続きのようなものが必要なのだろう。そして今回もその後処理といったことだろう。同じところで待っているよりは行き先を聞いておいてそこで合流したほうがすぐに旅を始められると踏んでの言葉だった。

「あ、今回用があるのは貴女よ」
「……え?」
「え?」
 私はただの案内人なのー、と事もなく発せられた予想の斜め上を行く言葉にたっぷりと時間を要して何とか返した言葉を、鸚鵡返しにきょとんとした顔でそのまま返された。
 
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