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始まりの詩 - 前編 - 目覚め

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 息苦しさと暑苦しさを感じて目を覚ました。酷くいやな夢を見ていた気がする。しかし、それがどんなものだったかと思い出そうとしても霞がかかったようではっきりと思い出せない。それに酷く熱っぽい気がする。思い出せない理由はそこにもあるのかもしれない。

 ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。若干の痛みとダルさはあったが、何とか起き上がることができた。あの時懐に抱えたはずのツチノトリの雛は、やはり逃げる途中で落としてしまったらしい。



 記憶が正しければ森の中で気を失ったはずだった。しかし今いる場所は、簡素ではあるが机や棚がある。自分が横になっているのもきちんとしたベッドだ。窓から覗く景色は穏やかで木々のざわめきと小鳥のさえずり、川のせせらぎの音も聞こえてくる。誰かが通りかかって助けてくれたのだろうか。いや、あの近くに人の気配はしなかった。それならばここはどこなのか。

(…まさか龍の地(《リンドガリア》})?)

 ――祝福されしリンドガリア。
 龍の住まう地であり、灼熱も極寒も、飢えも悲しみさえもない土地。入ることが許されるのは、善行を重ねた者の魂だけとされている。自分が善行を重ねた者とは思えないが、ここがそうだと言われたら納得してしまいそうである。とても穏やかな場所であった。




「あ、気が付いたー?」

 ぼんやりと窓の外を眺めていると、背を向けていた扉が開く音が聞こえ、ほぼ同時にそんな声がかけられた。静寂を破ったその声と、突如現れた自分以外の存在に、肩が大げさに揺れる。勢いよく声のしたほうを振り向くと、桶を手にした背の高い男性が部屋に入ってくるところだった。その周りでは見えざる者やツチノトリなど、様々な生き物が興味深そうにこちらを覗いている。

(何なの!?この人!!)

 驚いたのは、連れ立ってきたそれらの生き物にではなく、彼のその容姿にあった。スラリとした長身に、伸びた手足。金色の色を返すその二重の瞳は興味深そうにこちらを覗き込み、ざっくりと切られた髪は新緑の色で、斑に白銀の色が混じっている。口許が僅かに笑みの形に上がっているのは元からか、突然現れた人間に対してか。

「傷どうー?ちょっとごめんねー」

 驚きで固まっているのをよそに、のんびりとした口調で、けれどてきぱきと動くその男性。手にしていた桶をベッドの側にある小さな棚に置き、服の襟に手をかけられたところで、自分の着ている服が変わっていることに気が付いた。

「~~~~っ!!」

 そのまま襟を左に大きく広げられ、左肩を露にさせられる。服を(おそらく)脱がされたこと、襟元を強引に広げられたことに顔を赤くしていいやら蒼くしていいやら、怒りを露にすることも、叫び声を上げることもできずに軽くパニックを起こし、固まってしまった。

「傷はふさがったね。後は毒が抜け切ってないかな?……あれ?」

《ダメよっ女性なんだから!》

《カミシュったらはしたないわー》

 パニックを起こしたことに気付いたらしく、男性が顔を覗き込む。そんな様子を見て周りを囲んでいる見えざる者達が笑いながら声をかける。それに男性が「あ、そうか…。ごめん」などと言っているが、彼女の固まった状態がしばらく元に戻ることはなかった。




「あなた、誰?何??」

 それがパニック状態から戻った彼女が始めに放った言葉だった。不躾だとは思ったが、いくら傷の状態を見るためとはいえ、断りもなく肩を肌蹴させたのだからお互い様だと開き直った。ちなみに彼女が寝ている間に服を着替えさせたのは見えざる者達だったらしい。《人間って体大きいから大変だったんだからねっ!》と息揚々と告げられ、元着ていた服も、《人間の服って複雑ねー。ま、他の動物は服なんて着ないけど》という言葉と共に破れた所を修繕した状態で渡された。

 不躾な彼女の質問に対して、周りから《カミシュを知らないわよ、この子!》とか、《無礼にもほどがあるだろ!》などと聞こえたが、聞かれた本人は至って普通に聞き流していた。
 
「私の名前はカミシュ。ツチノトリの願いを受けて君を助けた地龍です。…って言ったら信じるかな?」

 苦笑と共に告げられたその言葉に、訝しげに歪められた彼女の表情は、再び驚きのそれに一変することになった。ゆっくりと見開かれるその瞳に周りからはどっと笑い声が溢れ出ることになった。彼の肩に乗っていたツチノトリの足の間には、件の雛が気持ちよさそうにまどろんでいた。
 
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