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始まりの詩 - 後編 - ××年後、シュリマと

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 広い部屋に午後の暖かい日差しが柔らかく差し込む。開け放たれた窓からは鳥の囀りや下の庭を行き来する人々の話し声、爽やかな風がカーテン越しに緩やかに部屋に入り込んできていた。

 穏やかに時間が流れるその部屋の中央にある寝台に横たわる人物が一人。眠っているのか、目は閉じられたままで微かに上下する胸部だけが、それが人であることを伝えていた。
 少し窪んだ眼と、口元に刻まれた皺、頭髪や髭に混じった白髪からその人物の過ごした時の長さが伺える。更に、消えない眉間の皺には、その日々の苦労がにじみ出ていた。

 ふと目を閉じているその人物の顔に影が映る。

「…シュリマか」

 言葉と同時にゆっくりと老人が目を開き、自分を覗き込むその人物に眩しそうに目を細める。聞こえた声はどこか擦れていた。
 穏やかな藍色の瞳が老人を見つめていた。年は20代か30代であろうか。彼の子供と言うには若すぎ、孫と言うには随分と大人びていた。老人の上に落ちてきたエメラルドグリーンの髪を自らの手でゆったりと後ろに流す。



「邪魔しちゃったかしら」

 落ち着いた軽やかな声が老人に掛けられた。

「大丈夫、寝ていたわけではない」

 咳払いを一つした後、見た目よりも若々しい声が聞こえ、老人がゆっくりと体を起こす。シュリマと呼ばれた女性が側にあったクッションをその背に宛てると、彼女に礼を言い背中を預けた。
 傍らに置かれていたカップに口をつける。いつの間に淹れなおしたのか、カップからは湯気が立ち昇り、ハーブの香りが程よい熱さで広がった。

 老人が一息吐くのを待ってシュリマが「気分はどう?」といった、他愛も無い質問から今日の出来事までを取りとめも無く話し出す。老人はそれを時に頷き、必要があれば質問を交えて聞いていた。






「それと次代の事だけどやっぱり…」

「ああ、わかっている」

 一頻り話した後、急に表情を曇らせ言いよどんだシュリマの言葉を汲み取って老人が頷いた。一度ゆっくりと目を伏せると、遠くを見つめる。

「随分と、長い間君を縛ってしまったな…」

 先々代の王、自分の祖父にあたる人物が彼女を国龍にし、もう90年は経つであろうか。幼くして王座に就いた自分を彼女はよく面倒見てくれた。しかし、本来は祖父が死ぬまでという条件でこの国に留まっていたはずの彼女を、己の死に際に国が落ち着くまではと懇願し、彼女を更に地上に引き止めた祖父は自分がなんとむごい事をしたのかわかっていたのであろうか。
 もちろん、彼女を留めてもらった事には感謝している。彼女がいなければこの国はこれほど早く国の基盤を固めることはできなかったであろう。

 だが、祖父と契約を結んだ彼女が祖父のいないこの地上で、この城で留まっていることがどれほど彼女にとって空しい事か、祖父は考えたのであろうか。それを思う度、もう彼女を解放せねば、と考えていた。



 それに、どうやら自分の息子たちと彼女はそりが合わない部分があるらしい。何度か彼女と揉めている、と言っても息子たちが一方的に声を荒げているだけで、彼女はそれを宥めるばかりだが、そんな様子を目にした。
 末の娘は彼女を好いているようだったが、好いているのと契約を結ぶのは違う。何より、あの娘では王は務まらないであろう。

 既に子供たちには一番に龍と契約を結んだものに王座を譲ると話しており、幾人かは龍を探すために城を空けている。いずれそのうちの一人がその者だけの龍と並んで戻ってくるであろう。


「あと少しで、ようやく君を解放してあげられる…」

 そう言って穏やかに微笑んだ老人を、シュリマはなんとも言えない表情で見つめていた。
 



後編スタートです。 …あと関係ないけどWeb用だと改行のタイミングがわからないです(´・ω・`)
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