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始まりの詩 - 後編 - 龍の地《リンドガリア》

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「私が案内できるのはここまで」
 長方形の枠が床から伸びている所まで来るとシュリマがそう言って振り返った。何かの区切りなのだろうが、リニカには床に枠が刺さっているようにしか見えない。「はぁ」とどこかぼんやりとした色を含んだ声で答えるのが精一杯だった。

 あの後、驚くリニカを何とかリンドガリアに連れてきた。それはとても大変なことだった。
 まずは龍が自分などに用がある筈がないと頑なに勘違いだと言い張り、次は人間が彼の地へ行った前例がないと言い、更には行ける資格を持つのは死者だからと命を絶とうとした。
 それら全てを否定し、シュリマの背に乗って向かうのだと理解したときには、傾きかけた太陽はすっかりその姿を隠していた。もう夜も更けているので明朝にでも向かうのだろう、それまでに頭の中を整理しようと考えていたリニカだったが、シュリマはそれを許さず、善は急げとばかりにするすると龍本来の姿に戻り、リニカにその背を向けた。

 そんな状態でリンドガリアに向かったリニカだったが、着くまでにそれなりに距離があったことと、何より龍の背に乗って地上から一気に上昇するという想像を絶する経験に驚きや戸惑いなどどこかに置いてきてしまった。勿論龍に呼ばれたということで多少の緊張はしているが、先ほどのような混乱はなくなっていた。

 しかし、混乱がなくなったとはいえそこに降り立つことなど想像すらしていなかった地である。見るものも聞こえるものも全てが初めてのリニカは、まるで初めて社交界に足を踏み入れた子供のようにきょろきょろとあたりを見回していた。

 その間、シュリマは枠の奥を覗き込むようにしながら「あら、まだ終わってないのー?」などと文句を言っている。やはり、枠にしか見えないこの奥に何か部屋のようなものがあるのだろう。

「ここはね、いわば会議場みたいなところかな。決め事や収拾つかなくなった諍いとかをここで皆で話し合って解決するの。龍なら基本誰でも参加できるんだけど、ここから入れるのは当事者と長とかだけなの。でも心配しないで。一緒にはいられないけどちゃんと中にはいるから。もし変な事言われたらちゃんと言い返してあげるからね」
 周りを見回していたリニカの手をしっかりと握り、「失礼なこと言ったらぶっ飛ばしちゃうんだからっ」とまで意気込んでいる。一方のリニカは龍と直接会ってまで話す用事など見当も付かず、ただシュリマの勢いに気圧される形で頷くだけだった。
 そもそもリニカに龍に反抗するなどという考えはないのでシュリマのように物騒なことなど思いもよらない。むしろ「そのような状態になったらシュリマ様を止めないと…」とまで考えているほどだ。
 

「あ、いた」
 鼻息荒くしっかりとリニカの両手を握るシュリマを何と言って落ち着かせようか悩んでいると、どこからともなくそんなあっけらかんとした声が聞こえ、深い群青色の体をした龍が目の前に現れた。その姿は糸が解けるように溶けていき、その場に龍の体と同じ色の髪と瞳を持つ女性が現れた。

「終わったの?」
「たった今ね。たぶんそろそろ出てくるはずだからもう少ししたら入っていいと思うわ。…あなたと一緒にいるってことはこの人間が…?」
「そうよ~」
 ぽんぽんと話が進んでいく中でちらりと向けられた視線に会釈をする。
 龍の言動に合わせようとするのはただ疲れるだけだということはこれまで出会ってきた龍で十分把握した。周りに迷惑をかけることにならない限り話を振られた時だけ反応を返し、後は自由にしていれば良いと経験で学んだ。
 現に今初めて出会ったこの龍も、リニカの反応にさして気を留めた様子もなくシュリマと話を続けている。

「あ、もう大丈夫みたい。ささ、そこの人間さん。皆お待ちかねよ、入って入って!」

 何をどう確認したのかはわからないが、入室の許可が下りたのを確認すると、その龍は枠の前までリニカを引っ張ってきた。シュリマは「また後でね」と片目を瞑ってみせるとふわりと舞い上がり、宙に消えていく。
 その姿が完全に見えなくなる前に、先ほどの女性に後ろから肩を掴まれ、「さぁ、行くわよ!」という言葉の後に、リニカの聞きなれない言葉で何かを高らかに謳いあげた。すると、今まで枠しか見えなかったそこに、細かい紋様が描かれた重厚な扉がはっきりと現れた。そして女性の声が止み、その余韻だけがあたりに広がると、目の前のそれがゆっくりと開かれていった。
 



 その時、視線の奥から重い扉が開くような音が聞こえ、目の前にあった物と同じような枠から人の姿をした、恐らく龍であろう人物が出てきた。どこか見覚えのあるその長身と鮮やかな翠色の髪に自分の眼を疑いそちらに視線を向けた時には、リニカの視界は白く染まっていった。
 
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