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始まりの詩 - 後編 - 龍と眷属《リャマ》

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 少し重い音を鳴らして扉を閉めた。扉に手をついたまま少し俯く。その顔には先程までの穏やかな微笑みはなく、どこか疲れたような、うっそりとした色があった。吐く息に重さが増す。

 2,3年前からだろうか、彼と会うたびに胸を塞ぐような気がする様になったのは。気のせいで済ませることができたそれは、段々とその重さを増していき、今では言い逃れのないような重さになっていた。それこそ、この扉など比べ物にならないほどに。
 思えば、彼の祖父の時もそうだった。彼の父は病が原だったからか、そうでもなかったが、祖父の死の時もひどく胸が重かった。喉が疼くような、けれど声が出ない、そんな気分を味わった。

 人の老いを目の前にすると酷く周りが昏くなる。人間の命が5、60年ほどしか持たないものだと言うことなどとうに知っていたのに、いざ親しい者が死の淵に立たされているのを目前にすると、苛立ちに似たもどかしさと絶望が心に圧しかかる。これだけは何度体験しても慣れそうにもなかった。

 なぜ人の命は短いのか。なぜ龍の命はこれほどまでに長いのか。むしろなぜ、生き物は種族によって寿命が異なるのだろう。龍とて他の種族よりも優れているとはいえ神ではない。人の寿命を延ばすことも、ましてや龍以外の種族すべての寿命を延ばすことなどできるはずもなかった。
 


「シュリマ様」
 静まり返った廊下に落ち着いた声が響く。ハッとして声のほうを向くと、一人の女性が近づいてきた。リャマと言う、龍の眷属と呼ばれる者たちの長。実際は単なる龍付きの魔法使いに過ぎないのだが、魔法使いという自然と調和する術を身に付けた存在であることと、常に龍の傍にいることが影響して普通の人や魔法使いよりも長い寿命を得ることになった。それが幸か不幸か、『龍の眷属』として人々から少しの畏怖と尊敬の念の持って接してこられた。
 
 知らず、肩に入っていた力と重い空気が抜けていくのを感じた。自分に仕える、という形を取ったことで意図せず、長寿を得てしまった彼女。それが彼女にとって得となったか損となったかはわからないが、少なくとも彼女に、この長い期間ほとんど変わることなく傍にいてくれる唯一の存在に自分はどこかしら救われている。
「どうかされましたか?」
 彼女を視界に捉え、頬が知らず緩むのを自覚すると、近づきながら不思議そうに声をかけられた。「何も」と笑って答えるとそれ以上は追求されず、ただ微笑みを返してきた。
 彼女と2人きりだと、時間はゆったりと流れ穏やかに流れていく。先ほどまでの昏く胸を圧迫するような空気も簡単に霧散した。
 
 
 

「貴女まで降りることないのに」
 王の部屋から自室へと続く廊下を歩いていた時、ふと以前彼女が話していたことを思い出して声をかけた。4代目とは契約しないと決めた際、彼女もリャマの長を降りると言っていた。そしていつでもそうできるようにあっという間に後継者にほとんどの事を引き継いでしまった。今は見守りしかしない形ばかりの長らしい。

 突然の話にも彼女は動じることなく何の事かを汲み取った。
「私は少々長く生き過ぎています。これ以上、目立つところにいてはいくら魔法使いとはいえ悪目立ちする上、角が立ってしまいます」
 もうとうに100歳を超えているのですよ、と困ったような笑顔を向けられる。その顔に多少の疲れは見えるが、出会った頃からの老いはほとんど感じられない。強いて言うならば大人びたという程度であろうか。

「人間って面倒よねぇ」
 龍にはない嫉妬や妬みを思い出し、ふぅ、と溜め息を吐く。しかし頭では100年と言う年月に思いを馳せていた。同時に先ほどまで頭を占めていたあの重苦しい感情がのっそりとその鎌首を擡げる。馳せた思いが先王との別れの時をよぎるとそれが更に酷くなった。彼との約束を守りここに留まった。彼の子達は私を楽しませ、時に様々な驚きをくれたが、彼のことを思い出すとその時にどんなことをしていても一気に悲しみが私を襲う。
「それに、シュリマ様のお世話が私の役目ですから」
 私の気持ちが再び落ち込んだのを敏感に察知して明るく笑いかけてくれる。その顔を見て心がふっと浮かんでくる。やっぱり、私は彼女に救われている面が多くある。
「律儀ねぇ…」
 苦笑して、敵わないなぁ、と思った。生きた時間の長さは私のほうが上。地上にいる時間は彼女のほうが長いがほぼ同じくらい。けれど彼女には、いつになっても追いつけそうになかった。


「サーニャ」
 前を向いたまま彼女を呼ぶ。国龍になったあの時から呼び方を変えた名前。それまで呼んでいた呼び方は、私が気安く使ってはいけない気がしたから。その名で呼ぶべき人は、今はこの地上にはいない。初めてこの呼び名で呼んだ時は、彼女が驚いて目を見開いて、でもすぐに微笑んで返事をしたことをよく覚えている。その時と変わらぬ微笑みで、「ハイ」と返事が返ってきた。

「国を出たらどこに行くか考えておいてね。きっといろんなとこへ行くことになるわよ。…あと、久しぶりに貴女の作った『くっきー』が食べたいわ」
 振り返って目配せしてみせる。一瞬きょとんとしたサーニャはすぐに満面の笑みで頷いて見せた。

 
 



わかりにくいかもしれませんが、サーニャはリーの事です
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