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「そんな表情しても薄幸の美少女にはなれないわよ」
「…メグ」
テラスで一人、ぼんやりと考え事をしていたリーは、急に聞こえてきたその言葉に顔を上げた。彼女はリーの同期で、且つ数少ない友人の一人だった。また、同じ狩人でもあるため、よく仕事の話もしており、今回怪我をして龍に世話になり、仲良くなったことも話している。
「龍にまで好かれたのに悩みなんてあるの?」
「あるわよう…」
リーが座っている隣の席に腰掛けながら尋ねる。状況を素早く読んで、勤めて明るく話を進めていけるのは彼女の才能であった。リーもそれにあやかってポジティブに考えていきたいが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
「どうしよう私、カミュ…カミシュ様に惚れちゃったかも…」
机に突っ伏してポツリ、と呟くと、耳を疑っているメグに今の状況と、自分の思いを切々と語り始めた。
「…それはまた、どっぷりと惚れてるじゃない…」
「…やっぱりそう思う?」
一通りリーの思いを聞いたメグが呟いた感想に諦めたような、困った表情で溜め息を吐く。メグはそれに「当然でしょ」とあっさりと肯定した。メグにしてみれば、半分以上カミシュの良い所と惚気を聞かされた気分であった。それを「惚れてる」と言わずになんと言うのであろうか。
「それにしても、困ったわねぇ」
困り果てて泣きそうな表情になっているリーにどうしたものかと考えあぐねる。
二人が困るのには理由があった。実は魔法使いは、己の恋情と魔力の二つを持ち合わすことができない。正確には、恋情を持っただけならばそれは可能である。しかし、恋情を抱いた相手に得になるような魔法を使うと、魔力を失ってしまうのだった。それも、一度に魔力が全て失われるのではなく、徐々に。
始めのうちは高度な魔法の成功率が徐々に下がり、次に以前は何の問題もなく使えていた魔法を失敗するようになる。そして最後には、灯りに火を点す、といった初歩的な魔法さえ使えなくなってしまう。その理由は未だにわかっていない。ただ、魔力が失われ、落ちぶれていく様を見るのは、他人の目から見ても惨めで痛々しいものであった。
そのため多くの魔法使いは、恋心を抱き、それを押し込めることができないと思った時点で魔法使いを止め、普通の人として暮らすようにしていた。
リーは、自分の心を抑えられるか、その答えを未だに見出せないでいた。また、魔法使いでなければカミシュに出会えることはなかった。それを考えると、そう簡単に魔法使いを辞めるとは言えなかった。更に言えば、彼女の所属する魔法省としても、彼女を手放すのはとても口惜しいことだった。同期の中でも秀でて魔力が高く、狩人としての能力も高い。ゆくゆくは魔法省の上層部として働ける人材である。以前リーが「辞める」と半ば冗談で言った時には破格も破格の待遇を打ち出したほどである。それを思い出して更に気が重くなる。感情の赴くまま先を選べたらどれほど楽であろうか。
ふとメグが座ったのとは反対側を見る。先ほどから水の精霊がリーの真似をしてはケタケタと笑っていた。
「…笑い事じゃないのよ」
恨めしそうに呟くと、やれやれといったように肩を竦めて机に寝転んだ。
「どうしたの?」
ぼそりと呟いた声が耳に入ったのか、メグがリーの視線の先とリーを交互に見て不思議そうな顔をする。リーは机の上に視線を向けたまま、口を尖らせて答えた。
「そこの精霊が人事だからって真似してふざけるの、ほんとやになっちゃう」
「…ちょっと待って。今ここにいるの?」
リーのその答えにメグは「え?」目と耳を疑った。メグには彼女の正面、リーが視線を向ける先には、何も見えない。リーが指先で何かを弾いているのは見えるが、その指の延長線上には何も見えなかった。今までメグとリーの見える精霊の多さは同じほどであったため、リーに見えて自分に見えない精霊がいることに驚きを隠せない。
「え、見えない?机の上にいるけど」
メグの言葉に、今度はリーが驚いたように振り返る。ほら今宙返りした、と言われてもメグにはその影すら見えていない。
「……サン、最近見える精霊増えてきたよね。何かあったの?」
「う~ん…。特にこれといったことはないはずなんだけど…」
メグの純粋な疑問に、何か原因があったかと思い出そうとするが、特に思いつく節もなく首をかしげる。そもそも魔法を習い始めてから、気がついたら見えるようになっていた精霊たちである。それが何故急にその数が増えたかと聞かれても、簡単には答えを見つけ出すことはできなかった。
サン、はリーのことです
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