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始まりの詩 - 後編 - 戴冠

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 しばらくの後に、王の次男が火龍を連れてきたことで、後継者問題はひとまず解決した。彼が連れてきたその火龍の見た目は人間で言うと10代後半といったほどでありまだ幼く、彼と並ぶとまるで親子のようにも見えた。
 ふとシュリマは、自分も初めはこのように見られていたのだろうかと思う。亡き王に連れられて人前に現れたときは、この火龍よりも幼い見た目をしていたはずである。あの時の彼らの驚きには、こういったことも含まれていたのか、と今更ながらに思い至った。

 連れてこられた彼は火龍らしく(と言うと他の火龍が怒るかもしれないが)直情的で、すぐに他人に噛み付こうとするため、王が彼を嗜め、彼も不貞腐れながらもそれに従う姿が頻繁に見られた。それを見ると、親子と言うよりはむしろ、歳の離れた兄弟か師弟のようにも見えた。きっとこの2人は、今までとはまた違う良い国を造るだろう、そう思わせる空気が2人の間にはあった。



 それから慌しく準備が進められ、半月後には次男の即位式が執り行われた。式には、ここ暫く療養のためもあり、あまり公の場に姿を見せなかった王の、王としての最後の姿と、新しい王を一目見ようと多くのものが城下に集まった。そして何より彼らや式に招かれた者たちがその目に収めようとしていたのは龍の姿である。
 普段龍は祭事や式典だからといって人前に姿を見せることはなく、全て龍自身の考え次第で人前に出るかどうかを決める。しかし、即位式だけは必ず人前にその姿を現す。しかも今回はこの国始まってから初めてとなる、2匹の龍が姿を現す瞬間である。人々の期待は否応なしに高まっていた。



 戴冠の儀が終わり、立ち上がった新王が上手後方に向かって手を差し伸べる。すると、両脇に下がっていた幕が上がり、下手からは空色のローブを纏った眷属に連れられて大人の女性の姿をした水龍が、上手からは真紅のローブの眷族に連れられて青年の姿をした火龍が現れた。見た目こそ人と同じ姿をしているが、纏う空気やオーラと言ったものが違い、それに気付いた者たちから小さなどよめきが上がる。その声を気に留めた様子もなく、先王がおもむろに立ち上がり、中央の台座に近づき、そこに掲げられていた小さな組紐に繋がれた胡桃大ほどの鈴の形をした《龍の器》を手に取り水龍の許に向かった。
 手にした器を水龍に差し出すとそれを水龍が受け取る。水龍が両手で器を空高く掲げ、周りの人々に示したと思ったとたん、器は輪郭をなくし、水となって水龍の掌に落ちた。手に集まったそれを一度口元近くまで下ろし、何事か呟くと、それを空高くに放つ。
 水龍の手から離れたそれは、霧のように細かい水滴となってあたり一面に降り注いだ。周りからは歓声が上がり、人々はその幻想的な様子にしばし見惚れていた。



 霧が収まり、人々も落ち着きを取り戻すと、今度は新王が中央に立っていた。その傍らには火龍が控えている。皆の視線が戻ったことを確認すると、王が頷き、火龍に合図を送る。
 一歩前に躍り出た火龍は、降ろしていた右手をおもむろに斜めに振り上げる。右手が通った軌跡上に炎が上がりどよめきが起こった。舞い上がった炎はそのまま消えることなく宙を漂い、生み出した火龍の手を辿る。火龍が踊るように動くと炎もゆらゆらとその色を強くしながら後を追う。
 火龍の動きは、まるで剣舞を観ているかのようであった。彼の手に従う炎は彼の動きに合わせて様々に変化をし、時には鋼のような硬さと鋭さを思わせる程に激しく燃え盛った。
 
 炎が収まると、そこには水龍によって作られたものとは全く別の、ハープの形をした《龍の器》が現れていた。火龍が後ろに下がると、今度は新王が前に出る。宙に漂う器を手に取り一度高々と持ち上げた後、中央の台座に載せる。
 その瞬間、台座が赤々と燃えるような色を発したかと思うとすぐに何事もなかったかのようにただ器を受けて鎮座していた。それは、火龍がこの王を己が主と認めた瞬間であり、真の意味での新たな王の誕生の瞬間であった。
 その様子を見つめていた観客から一斉に歓声が沸き上がり、国全体が新たな王に祝福を捧げた。
 
  
 

 式の数日後、まるで息子が龍を連れて即位できるようになるのを待っていたかのように、先王が息を引き取った。いくら老衰していたとは言え、あまり突然で、それでいて穏やかな永眠だった。
 彼の葬儀はすぐに執り行われ、多くの者が長きに渡って国を治めた王を偲んだ。彼の葬儀には、譲位の後城に姿を現すことのなかった水龍も、眷属を一人従えて彼を弔いに来た。
 彼女は、先王の亡骸に祝福としての接吻と、誰も見たことのないような色とりどりで鮮やかな花束を捧げると、静かにその場から去っていった。
 

 しかしこの時を最後に、この水龍と、彼女に人生を捧げた眷属―――リャマの女性は2度と国記にも、人前にも現れることはなかった。



 
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