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始まりの詩 - 前編 - リャマ《捧げし者》

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 更に幾年かの年月が過ぎた。始めはあまりリーに、そして何よりこの世界に慣れなかったシュリマも、段々と慣れていき、二人は仲良くなり、喧嘩もした。シュリマも成長し、恋をし、悩み、恋をした相手のためにある一つの国の龍となることになった。勿論龍の中でも、人間の作る国に龍が関与することなど初めてのことであり、色々と揉めたらしいが、根気良く説得した結果、シュリマを育てたリーがいるなら、ということで認められた。数日後には、シュリマは人間の国に仕える龍になる。

 そんな折、リーはシュリマを城から連れ出した。行き先を告げないリーに僅かに不安を覚えながらも付いて行く。城の領地を離れ森に入って少しすると、最近よくリーの傍らにいる魔法使いを見かけた。こちらに気付いて深々と頭を下げられる。そんなことが数回繰り返された。



 しばらくすると急に視界が開けた。目前には湖が広がり、水面がきらきらと輝いている。その手前には小ぢんまりとした東屋があった。

「…ここは…?」

 視界に広がる光景に目を奪われながら呟く。今までこの場所には何度か来た事があるはずだが、この東屋は知らない。自分の知っている場所とは別の場所かとも思った。しかし、何度見ても目の前の湖は、良く見知ったものであった。

「森に入ってから魔法使いに会ったでしょう?今日から、この一帯はシュリマ様のためだけの場所です」

 ゆっくりと、穏やかに告げられたその言葉に耳を疑い、振り返ってリーを見る。この場についてからシュリマの後ろで立ち控えていたはずのリーは、いつの間にか片膝を付きゆったりとした微笑を携えてシュリマを見上げていた。シュリマの表情に戸惑いと疑問を感じたのか、その理由を話し出す。

 


 人にあまり慣れていないシュリマ様にとって、今後の生活は楽しいことばかりではないでしょう。時には辛いことも苦しい事もあると思います。特に城の中とは人の醜いところが渦巻いていると言いますから。そんな時、ここにおいでくださいませ。必要ならば私でも他の魔法使いでもお呼びください。私達リャマが何なりとお望みのまま応えましょう。勿論、他言はいたしません。森の中には誰一人人間は入れませんので安心してください。


「リャマ《捧げし者》…?」

「ええ、私を含めて、この森で、国で、世界で、貴女のために動き、仕え、その全てを捧げる誓いを立てた魔法使い達です。もしも、国が貴女の嫌がることをしようとするなら全力で阻止しましょう。貴女が望むならその望む全てを全力で叶えます」

「そんな無茶な…」

「いいえ、龍である貴女を人間の作る国に留めようと言うのです。人間にはそれくらいの覚悟は持たせなければ」

 穏やかな声で流れるように説明をされるが、シュリマとしては「はいそうですか」と簡単には納得できない。そもそも自分が一人の人間に惚れ、恋として実らせることができなくても、せめて側にいたいと願ってわがままを言った結果の国に仕えるという選択である。国に龍が留まると知った多くの民が喜んでいる姿を見たが、だからと言ってそんな自分の存在を誇示してはいけない気がした。


 とは言ってもリーの様子を見る限りこればかりは折れてくれそうもない。そもそも自分の了解を得る前に全て決めてしまっているようだった。これでは文句を言ってもどうしようもない。質問の種類を変えることにした。

 
「…でも、領主がいるでしょう?」

 人間は、土地にさえ持ち主を決めることをシュリマも知っている。以前、もっと城に近いところで勝手に入り込んで怒られたことがあるのだ。そして、この森にも主がいるとリーが言っていたはずだ。

「領主はおりません。ここはかつてカミシュ様が主としていらっしゃいましたが、シュリマ様のために使って欲しいと私が預かっておりました」

「カミュが…?」

 新緑色の髪を持つ龍を思い浮かべる。快活で精霊達には穏やかな笑顔を見せていたが、自分には厳しかった。保護者気取りで自分の気持ちなんて少しも考えてくれないとばかり思っていたが、この世界に住むことを考え、ここまで用意してくれていたとは。シュリマは胸の奥から、何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。知らず、眉間がむず痒いような感覚までしてくる。

「でも、それならここは、貴女とカミュの大切な場所でしょう?私のものにするわけにはいかないわ」

 ここが以前、カミシュがいた場所ならば、すなわちリーとカミシュが出会った場所ということになる。二人の思いを知っているシュリマにしてみれば、二人の思い出の地を自分のものにして、思い出を潰すことになってはいけなかった。



 ふと、右手にぬくもりと柔らかさを感じる。リーが両手でシュリマの右手を握っていた。微笑みは崩されることなく、緩やかに首を左右に振る。

「これは私が決めたことですし、カミシュ様もご存知のはずです。シュリマ様は、何も気に留めることなく、ここを好きにお使いください」

 この言葉についに堪え切れず、シュリマの藍色の瞳から一筋、光が伝った。この二人は、どれほど大人なのであろうか。今まで自分はこの二人にどれほど迷惑をかけたであろう。どれほど嫌な思いをさせたであろう。それをこの二人は、全て受け止めて微笑みかけてきたのだと思うと、流れた涙を抑えることはできなかった。生きてきた時間はリーのほうが確実に短い。けれどリーは、その短い時間に多くを得て、それを全て自分に捧げてくれると言う。

「…私、もっと多くの人に好かれるように努力するわ」

 嗚咽で震える喉を押さえてリーに誓う。そんな形でしか、彼女に恩返しができそうになかった。

 
「貴女はただ思うがままに生きてください」

 それだけが、《彼》の望みです、そう告げながら手にしたハンカチで涙を拭われる。シュリマは我慢できずにその胸に飛び込んだ。一瞬驚いた表情を見せたリーだったが、すぐにその表情を和らげ、泣きじゃくる肩をやさしく包み込んだ。
 


 

 シュリマが泣き止むまでの間、暖かな日の光と、穏やかな木々のざわめきだけが二人を包んでいた。


 





 
 ──そう、これは遥か昔の物語。龍に愛された国の、神話や伝説に近い創設記。




前編これにて終了です。 シュリマちゃんが護国龍になるまでの話とかリーとの喧嘩とかもあるんですが割愛してます。 あ、ちゃんとハッピーエンドだよ!!
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