1. ホーム
  2. MAINページ
  3. Land Traveler
  4. 第1章
  5. 7話

Land Traveler - 第1章 - 7話

章先頭へ 前の話へ 次の章へ
縦書き
「あぁ君!今回はありがとう」
 昨日馴れ馴れしく絡んできた男ががっくりと項垂れた様子で連れられて行くのを遠巻きに眺めていると、今まで兵に指示を出していた領主が振り返り、にこやかに近寄ってきた。咄嗟に顔を俯け、直視されないようにした。ファルト自身、この領主の顔に見覚えはないが、祭事で顔を合わせていないとも限らない。それ以外にも遠巻きに見られていることも十分ある。取り越し苦労になってでもばれる可能性は潰しておきたかった。
 ファルトの態度に何か気づいた様子もなく、領主は延々と謝辞を述べ、断るファルトに何とか礼をしようとしている。ファルトとしてはなるべく穏便に、けれど早々に立ち去ってしまいたかったが、領主が全く聞く耳を持とうとしない。どうしたものかと考えあぐねていると、遠くからこちらに向かって走ってくる兵士の姿が目に止まった。そして、その手に握られている巻物、正確にはその留め紐を見て目を剥いた。羊皮紙に巻きつけられたその色は目が覚めるような緋色、王の勅令に使用される色である。

「っ先を急いでいるので、申し訳ないが失礼する」
 兵士が領主に辿り着く前に離れなければ。自分が城を出た後にさほど大きくもない街にわざわざ勅命が降るとも思えない。おそらく、国中に渡っているだろう。さて、その内容は?皇子探しをそのように大々的に行うとも思えないが、何かのついでに人相書きなど書かれていては堪ったものではない。

「君!せめて名前だけでも…っ」
 名乗れるか愚か者!と内心毒づきながら肩越しに振り返る。領主の後ろでは先程の兵士が話が終わるのを待っている。正直、無視して去ってしまいたいが何か答えないとこの領主は引き下がりそうにない。少々考えあぐねると、おもむろに口を開いた。
「ただの…旅人だ」
 領主に聞こえる程度の声で呟くと、さっと身を翻して立ち去る。後ろからは領主の呼び止める声の後に兵士の声が聞こえた。領主が兵士から勅命の書かれた巻物を受け取ったときには、ファルトは既に人ごみに紛れて見えなくなっていた。




 ファルトは人ごみに紛れしばらくした後、今度は街の中心地から離れ、人どころか家屋もまばらな所までやって来た。あたりを見渡し、追手はいないか、不審な影は見当たらないかを確認する。口元に手を遣ると甲高い音を鳴らした。すぐに美しい青みがかった銀の皮膚を持つ飛竜がファルトの目の前に舞い降りてくる。飛竜は嬉しそうに目を細めると撫でてくれと言わんばかりにファルトに首を押し付ける。求められるがままに首もとを撫で、手にしていた袋から今朝方調達しておいた乾し肉を与えてやる。飛竜がそれを食べている間に鞍の位置を直し、手綱を付ける。飛竜が食べ終わり、落ち着くのを待って鐙に片足を乗せた。



「待ってください!!」
 地を蹴ってまさに飛び立とうとした時、後方から突然声がかかった。聞き覚えのないその声に、ファルトは再び足を地に下ろし、訝しげに声のしたほうにゆっくりと振り返った。
 そこにいたのは見覚えのない銀髪の女だった。走ってここまで来たらしく、息を弾ませて近くまでやってくる。外見から考えてケミル族であろうが、ファルトにケミル族の知り合いなどいない。先程捕まえられたケミルコレクターに捕らえられていたケミル族の一人であろうか。
「誰だ、貴様は」
 きつい物言いである事は承知している。しかし知り合いでもない人物に声をかけられ、立ち去ろうとするのを止められているのだ。ファルトにとってはこのくらい当然の態度であった。
「私、エリス・アクエリア・K・コーラルと申します。貴方様が今行っておられる旅に、是非私を御同行させて頂きたいのです」
 ともすれば怯え、たじろいでしまってもおかしくない程のファルトの態度にも動じることなく、ファルトの目の前で片膝をつき、恭しく頭を垂れてそう申し出た。
「断る」
 返答はあまりに簡単だった。ファルトはくだらなそうに短く息を吐くと、これで終わりだと言わんばかりに飛竜のほうに身体を向ける。その様子にエリスが慌てて食い下がった。
「何故です?お申し付け下されば何でもいたします。勿論、貴方様の手を煩わせるようなことなど致しません。ですから!ご一緒させて下さい!!」
 エリスの紫の瞳がしっかりとファルトに向けられ、強い意志がファルトにも伝わるようだった。だがファルトに意思を変えるような素振りは見当たらない。
「……その瞳と髪の色。貴様先程のケミル族の一人であろう」
 しばらく頑なに口を閉ざし、冷たい眼差しを向けていたファルトがようやく口を開いた。その言葉を一言一句逃すまいとするエリスは、ファルトを見つめたまま一度深く頷く。
 ファルトの口から溜め息が漏れた。
「ならばもう自由の身だ。故郷に帰るなり好きにしろ」
 義理立てする必要も感謝されるつもりもない、と言うファルトにエリスはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、私は私の意思で、貴方様の従者にならせて頂きたいのです」
 エリスの口から出た『従者』と言う言葉にファルトの眉が僅かに動いたように見えた。ケミル族は、その言葉を己の中ではっきりと意思が固まってからでしか口にしない。つまりエリスはファルトを主にすることを自分の中で――勿論もう一人いる人格も含めて――決めているのであった。
 ファルトは今一度エリスの顔を見て、そこにある強い意思を確認し、顔に手を当てて深く溜め息を吐いた。ファルトとしては、何を言われようと従者を持つ気などない。ましてこの旅に誰かを連れて行く気などあるはずもなかった。さてどうしたものかと頭を悩ませていると、自分の正面、エリスがいる更に遠くから近づいてくる気配を感じた。そちらに意識をやると、気配は2つ、3つ…少なくとも6つはあろう。こちらに気づいた要因としてはエリス、と言うより呼び寄せた飛竜であろう。飛竜と言うだけで目立つのにファルトの飛竜は特にその色が希少で、遠くから見ただけでファルトのものだとわかってしまう。
 それは百も承知だった。だからこそ、早々に立ち去らなければならなかったのだ。顔を歪ませ、内心毒づくと跪いているエリスの手首を掴み、無理やり立たせる。訳がわからず、きょとんとするエリスを無視して飛竜の鞍や鐙に手を加えると、さっさとその背に跨った。急に動き出す展開についていけないエリスの前に手が差し伸べられる。
「乗れ」
 簡潔なその言葉に、意味もわからず慌ててその手を取り、飛竜に跨る。それと同時に飛竜の身体が地から離れた。ファルトが飛竜の耳元で何かを囁くと、それに答えるように飛竜がその大きな翼を広げて空高く飛び立った。
(これは、認めてくれたと考えていいのかしら…?)




「あのっ」
 飛竜に乗ってからしばらくした後、我慢できなくなって声を上げた。ファルトからの返事は聞こえないが、意識を向けてくれていることはなんとなく伝わってきた。
「従者にしていただけるのでしょうか…?」
 風に負けぬようにと張っていた声が、尻窄みになるのが自分でもわかった。ここまで連れてきて断られたらと考えると目の前が暗くなる気がする。だが、あれほどまでに頑なに断られていたのだ。その可能性も否定できない。
「…好きにしろ」
 最悪の事態を考え思考を廻らせていたエリスに、そうファルトが呟いた。若干諦めに似た色が混じっていた気もするが、許可が出たことに間違いはない。その言葉にエリスの顔が綻ぶ。「ありがとうございますっ」と目の前のファルトに叫ぶと、小さく溜め息の音が聞こえた。
章先頭へ 前の話へ 次の章へ
▲ページ先頭へ▲