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Land Traveler - 第5章 - 10話

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 外の世界の音は完全に遮断されて、いっそつんざくほどの静けさが部屋の中を覆っていた。廊下の音さえ届かない。息を吐くことすらできないような気がした。
 ファルトもヴォルドヴェラも、お互いを視界に捕らえたままピクリとも動かない。下手に動けばあっという間に決着が付いてしまう。しかも、己が望まない形で。それを知っているからこそ、様子を伺っているのだ。
 ファイトの後ろで二人の動向を見つめるレイラにもその痛い程の緊張感は十分すぎるほどに伝わってきていた。その背中に冷や汗が伝う。




 それは何の音だっただろうか。風が吹いただけかもしれなかったし、柱が軋んだ音だったかもしれない。静かすぎるほどの部屋にいてさえ聞き逃してしまいそうなほどの小さなものだった。しかし、それが十分にきっかけになり得た。途端に二人の距離が縮まる。激しい音と共にお互いの剣がぶつかり、一瞬睨み合ったかと思うとすぐに離れた。直後ヴォルドヴェラがいた足下から無数の氷の剣が現れ、一方ファルトがいた所の床は砂のように崩れ、ぽっかりと穴が空いた。氷が割れ、崩れる音と微かに砂が流れる音だけが響く。音が止むのを待たずに再び向かう。ファルトの視線の先でヴォルドヴェラが小さく口角を上げたのが見えた。振りかざした剣が弾かれる。そのまま攻撃に転じられた手を避けるために一旦距離を取る。空を切ったヴォルドヴェラが体勢を整える間を与えず、すぐさま次の手に移る。腹を狙って突き出した攻撃だったが、横へずれたヴォルドヴェラの服を掠めるだけだった。脇を狙ってきた攻撃を手首を返し、ギリギリの所で受け止める。短く呪文を唱え魔法陣を作るとすぐさま放って距離を取る。

 互いに引けを取らない攻防だった。その様子をレイラはなす術なくただ見守る。勿論、魔法陣でヴォルドヴェラの動きを止めることや、攻撃を仕掛けることができないわけではない。だが、恐らくファルトはそれを望んではいない。そして、ヴォルドヴェラは自分の仕掛けた魔法をいとも簡単に躱してしまうだろう。この後のことを考えると効果のない魔法に無駄に力を費やすわけにはいけなかった。そうわかっていても歯痒いことには変わりはなく、ファルトへ切っ先が向けられる度に動きだそうとする己の身体を、奥歯を噛み締めて叱咤するしかなかった。耐えろ、大丈夫だと言い聞かせて。




 突如、バァァン‼と言う大きな音が二人の闘いに割り入った。そこにいた三人の視線が一斉に音のしたほう―――部屋の出入り口に向けられる。ファルトとレイラが入ってきたきり、閉じられていたその扉が開かれ、そこに一人の男が立っていた。
「よ、悪りいな。遅くなった」
 軽い口調で片手を上げて近付いてくる。
「レオ……」
 ファルトが小さく呼んだそれにニ、と笑って返す。服が所々破れていたり黒く変色している部分があったが、足取りはしっかりとしている。
「ライとミレディアを倒したか…」
 三人の様子を見ていたヴォルドヴェラがほう、と感心したように呟いた。そこに怒りや焦りの色は見られない。彼にとっては、倒されたのがたとえ四天王であっても大した事ではないのか。ヴォルドヴェラの言葉にレオマイルが鋭い視線を向ける。ヴォルドヴェラの視線が三人から逸れ、外に向けられた。三人が様子を伺っていると、彼の頬が愉悦そうに歪んだ。


「さあ来い。ファルトだけでなくまとめて相手をしてやるぞ?」
 明らかに見下した態度にレオマイルの頬がピクリと引きつった。腰に携えた剣に手をかける。軽い金属音が部屋に響いた。
「随分、コケにしてくれるじゃねぇか…」
 言うや否や、ファルトの制止も聞かずに駆け出す。ファルトとの戦いが中断した事で開いていた距離は半カロルないほど。ヴォルドヴェラが防御体勢を整えるには充分な距離だ。頭に血が回っている今のレオマイルではヴォルドヴェラの反撃にうまく応戦できるとは到底思えない。既にファルトから距離のあるレオマイルを今から追いかけても彼がヴォルドヴェラの元へ辿り着くまでには追いつかない。いっそ彼に魔法を放ったほうが速いか。
 どうすべきか、と考えあぐねていたファルトだが、ヴォルドヴェラへの違和感と、部屋の中に自分達以外の、不穏な気配を察した。
 剣を構えることはおろか、防御魔法の一つも紡ぎ出さず、近付くレオマイルをただ待っているだけのヴォルドヴェラ。そして新たな姿を現さない気配。その二つが示す事にサッとファルトの表情が景色ばんだ。
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