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Land Traveler - 第1章 - 11話

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 二人が案内された先には本当にここが街の中かと思うほどの広大な温室があった。足元には青々とした草が生い茂り、少し視線を遠くに延ばすと森林までもが見えた。耳には小鳥の愛らしい囀りと小川の流れがさらさらと届く。そんな穏やかな光景に溶け込むように数匹の飛竜が思い思いの状態で寛いでいた。いつの間に連れて来たのか、傍にいた蒼から鞍を外し、数回身体を振るわせた後飛び上がっていく自分の飛竜を見ながらファルトは口を開いた。
「で、キール?」
 早く言えと言わんばかりのその態度にキールは苦笑をもらす。視界の端ではアクエリアが店の者に連れられて近くにいる飛竜から見て回っている。どうやら薬草も同時に見ているようで、時折何もいない場所でしゃがんでは話をしていた。
「そんなに急かさなくともあの様子じゃ暫くかかりそうですよ」
 まぁ座って下さい、と用意したテーブルを示すと、知らず焦っていた自分を指摘されえた気まずさから、フンと鼻を鳴らして腰掛けた。そんなファルトの様子にクスリ、と笑みを漏らしつつ、彼の前に淹れたばかりの紅茶を差し出す。「良い葉が手に入りましてね」と添えると興味を抱いたのかカップを口許に持ってくると香りを愉しんだ後、ゆっくりと口をつける。ファルトのその様子に、気に入ったことを察したキールは頼まれた薬草の中に茶葉の袋を混ぜ、ファルトの正面に腰を下ろす。その手には羊皮紙や布キレなどが握られていた。
「まぁ大したものではないですがね」
 手にしていたそれらをテーブルに雑多に置き、そう前置きすると、自分用に淹れた紅茶に手を伸ばす。向けられた視線が鋭いものに変わっていた。軽く投げ置いた巻物を広げ、布を手の中で伸ばしそれらを整理する。誤って紅茶を零さないよう、それらから離れた位置にカップを置いた。
「ここから南東に5日ほど行った先に隣国との国境際に村があったんですが、つい先日破壊されました。調査に入った方々の話しを聞く限り『奴』と考えて間違いないでしょう。生存者はたまたま村から出かけていた子供一人です。距離的に近かったため今はわが国の村で保護してます。…会って話しますか?」
 この村が襲われ、今はここで保護してます、と広げた報告の上に地図を乗せ指し示す。最後の言葉と共に向けられた視線にファルトは頭を振った。
「襲われた時にいたのでなければ何も答えられないだろう。…それにまともに会話ができる状態とも思えん」
 両親も、帰る場所さえも失って数日しか経たない子供にその時の様子を話せなどと言うのはいくらなんでも酷過ぎる。たとえ話を聞きに行っても大泣きされて終わるのが目に見えている。その様子を思い浮かべて僅かに眉根を寄せたファルトに「それもそうですね」と薄く笑って地図の下からまた別の紙を取り出した。
「あと、惨状を調査していた者からの報告によると、ど襲撃に直接関係のない魔法の跡も見つかっています。直接関係あるかはわかりませんが『奴』によるものと考えて間違いはなさそうです。」
「……写しはあるか?」
「ええ、強く力が残っていたものをいくつか。完全ではありませんが」
 そう言うと数枚の羊皮紙を広げて渡す。そこにはどれも円の中に様々な模様や文字の刻まれた絵が中央に描かれ、そこから延びる形でメモのようなものが記されていた。しかしそのどれもが文字が欠けていたりして不完全である。
「こんな状態じゃヘラザードも危ないんですかねぇ…。東国ばかりだからまだ安心してたのにこんな風に来られたらどこでも一緒じゃないですか…」
 ファルトが羊皮紙を見つめながらじっと考え込んでる間、空になっていた彼のカップに紅茶を淹れなおしつつ、キールがぼやく。今後のことをぶつぶつと案じていると、黙ったまま羊皮紙を熱心に見つめていたファルトが口を開いた。
「いや、あちら側もまだ大きくは動かないだろう。今回の襲撃も自分の力量を測るのが目的といったところか」
「何かわかったんですか?」
 ファルトの手の中を覗き込む。報告書を受け取った時に目を通したが、魔法の心得のないキールには何度見てもただの模様と文字にしか見えない。ファルトの考えを聞こうと常に持ち歩いている筆記具を取り出す。彼の見解は重要で有力な『情報』になる。たとえ買い手がいなくとも持っていて損はない。
「遠隔地から発動させた割にはどの魔法陣にも場所を特定するようなものが欠片もない。文節から考えてこの位置に当たりそうだがどれもその部分が読み取れなかったのか描かれていない。唯一この魔法陣は一文字だけ描かれてあるが酷く字が薄い。…報告を上げた奴もよほど自信がないらしいな」
 一つ一つ図を示しながら説明するファルトの言葉を丁寧に記述する。説明されても理解はできないが、こういった物の買い手は結論までの過程を非常に重要視するので指し示す図の位置もできる限り書き残した。
「…その文字は?」
 ファルトが最後に示した文字を丁寧に書き写した後、キールは首をひねった。魔法関係の品物を取り扱い、何度かファルトに今回のように意見を求めたが、こんな文字は見た記憶がない。確かに他の文字と比べて線も細く頼りないが、それを差し引いてもその文字だけが浮だって見える。
「これだけだと明確には言えんが恐らく「西」だろう。文字自体はもう随分と昔に死んだものだ。一説では神に仕えし者が使用していたともされるが、『奴』が使えるとなるとどうやらそうではないらしいな」
「西…随分と大雑把な場所指定ですね」
 下がりかけた眼鏡を戻しながら呟く。顔を上げると、ファルトが他の報告書を元に戻しているところだった。この資料からはもう何も読めないのであろう。
「その後にどう続いたかは知らんがその短さから考えて『力の及ぶ限り西へ』が可能性としては一番だな。……それはそうと、これも売るつもりか」
 古い文字が残された最後の報告書をチラリ、と一瞥した後、それを丸めてキールに戻す。ファルトとしては手元に残すほどの情報でもなかったらしい。
「ええ、ファルト様の意見は重宝されますからね。…それに今回は調査側からも何かわかればと言われてますし」
 書いたメモに栞代わりの落ち葉を挿んで閉じる。悪びれもせずにニッコリと笑んだその顔に「食えない奴め」と毒づいてやった。



「それはそうとファルト様」
 テーブルの上を片付け、持ってきていた茶菓子を差し出す。ちょうどそれに手をつけたファルトが顔を上げた。
「珍しいですね。ファルト様が他の者を連れているなんて。…あれは、ケミル族…ですよね?」
 見上げた視線の先ではつい先ほどまで遠くに行ったのか、見当たらなかったアクエリアが再び小川のほとりあたりで薬草を見ているらしい。その傍らには一匹の飛竜が興味深そうにアクエリアの所作を見下ろしている。あの調子なら主を認識させるための魔法も軽いもので済みそうだ、とキールは頭の片隅で考えた。
「ああ、たまたまコレクターから開放してやったら従者にしろとしつこくてな」
 同じようにアクエリアの方に視線を向けたファルトが溜め息交じりに答えた。その言葉と表情から不本意さがありありと感じたキールがクスリと笑みを零す。その音にジロリと彼を睨め付けるが、ファルトの多少の睨みなど痛くも痒くもないと言わんばかりに更ににっこりと微笑まれた。
 二人の視線に気付いたのかアクエリアが顔を上げる。同時に近くにいた店員がキールを呼んだ。傍らでは先ほどと同じ飛竜までもがじっとその金の瞳をこちらに向けていた。やはりその飛竜に決めたようである。
「まぁ、ケミル族なら共に旅をしてもそう簡単には死なないでしょう」
 すぐに行くと返事を返してキールが立ち上がった。茶菓子の容器を悪戯好きな動物に食べられぬようしっかりと蓋をして二人の待つ元へ向かう。「まぁな」と何処か諦めたように返すファルトもそちらへ足を進めた。手にした食べかけの茶菓子は、明らかにそれを狙って寄り添っていた狼に与えてやった。

「ああ、やめて下さいよ。そいつ最近食べ過ぎで困ってるんですから」
 ファルトの行動を見たキールが少し焦ったように言う。その本当に困った様子にファルトは得意げに口を歪めた。



キールのお店はとっても優秀な「何でも屋さん」です。 お金さえ積めば情報だって買えちゃいます。 ついでに情報収集用の下働きもいます。 ちなみに狼も売り物。 でも太ってちゃ売れない。 ファルトはそれをわかってて餌を与えてます。で、キールに反撃ができてちょっと満足。
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