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Land Traveler - 第2章 - 8話

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「ヴォルドヴェラが生まれた国は…」
 未だに踏ん切りがつかない様子のレオは、そこまで言って再び口を閉ざした。そのままなかなか次の言葉に続かない彼にしかしエリスは、焦れることなくじっとその口が開かれるのを待つ。
 少しして観念したのか、レオが深く息を吸い込んだ。
「奴は本来、ヘラザードの皇子だ」
 その時、まるで意志を持ったかのように部屋を照らす蝋燭の火が揺らめいた。レオの告げた内容が示す事実に、エリスの瞳がゆっくりと開かれる。
「まさか…ファルト様の…?」
「そう。奴の本来名乗るべき名はヴォルドヴェラ=L=ヘラザード。ファルトの、実の兄に当たる」
 声を喉から搾り出したような彼の表情は険しい。ファルトを思うが故か一種族の恥を憎むが故かはたまたその両方か、机の一点を睨みつけたままチラリとも動かさない。エリスも、驚きが収まるとその顔に悲しみの色が濃く表れた。ファルトには何の落ち度もない。しかし彼は、生まれながらにして異端児――種族の恥の弟という目で周りから見られていた可能性がある。もちろん、それを知る者はわずかであろうが。

「そしてその事が俺とファルトが声を交わさなくなった理由でもあるんだ」
 ふと表情を緩めたレオが今度はどこか寂しそうに笑った。細められた瞳は、過去を見ているかのようにどこか遠くを見つめている。そのままエリスの反応を待たずに言葉を続ける。
「さっきも言ったけど、幼い頃はお互い親について会いに行っては遊んでた。『異端児』のことも、ファルトに兄貴がいて、そいつが異端児だって事も知らなかった頃だ。悪餓鬼二人で馬鹿なことやって叱られて、楽しかったさ。でも、ルノア族である以上、『異端児』の事は知っておかなきゃならない。そしてファルトの兄のことも、遅かれ早かれ、誰もが知りうる事だった」
 共に遊んだ日々を思い出したのか、懐かしそうに笑みを浮かべた。その表情にエリスは胸が締め付けられる思いをしたが、同時にある疑問を抱いた。
「ヘラザードは、ファルト様の兄君の事を隠さなかったのですか?」
 ヴォルドヴェラの事を国内で留めてしまうことも出来たはずである。そうすればファルトが他の国の者達に変なレッテルを張られることもなかっただろう。
「異端児を始末できなかったことは一族の恥だが、一族だけでどうにかできる問題じゃない。ヘラザード王は奴の存命が発覚した時点で、責任追及を覚悟の上で王族会議で報告したらしい」
 なんと潔い行動だろう。ヘラザード王の判断は先を見据えた正しい判断だったと言える。しかし、エリスには到底そう思うことはできなかった。たとえ正しい行動だったとしても、その行いが己の息子に与える影響を考えなかったのか、と憤りを感じてしまう。
 エリスの纏う雰囲気がわずかに変わったことに気付いたのか、「まぁまぁ」とレオが嗜めるように苦笑する。しかし、その後彼女を宥めるような言葉をかけることなく話を続けた。
「それを知る前からファルトのことをよく思わない奴らから陰口なんかは言われてたんだけどね、あいつはそんなの気にするような奴じゃないし、勝手に言わせてた。でもそのうちに俺もファルトも異端児のことを教わる歳になって、そいつらの陰口の内容を理解した。その頃からだ、ファルトは他人から距離を置くようになったのは。それも俺だけじゃない、今まで普通に接していた人、ほぼ全て。今思えば、そうすることで周りの者達まで侮辱されないようにしたんだろうな」
 エリスの瞳が、ファルトを思って辛そうに歪められる。今のファルトの人を寄せ付けない態度が、親しい人を思っての行動からだと思うと胸が締め付けられる気がした。

「おそらくファルトが今旅をしているのは、何らかの形でそういった己の境遇とかに決着をつけたいんだろう。それがヴォルドヴェラを殺す事なのか、全く別の事なのかは判らない。だが、ファルトが何をしようと、あいつを止めないでやってほしい。それはファルト自身の問題だから」
 真剣な瞳で見つめられ、エリスはその瞳から目を逸らせないまま頷いた。その様子を見てレオマイルは、ふ、と微笑んだ後、話を打ち切るように立ち上がった。
「そろそろ夕食のはずだが…本当にファルトは、本の虫になっているようだな」
 呆れたような顔をした後、従者を呼び書庫にいるはずのファルトを食堂に連れてくるよう指示する。現れた従者は短く返事をすると、すぐに書庫へと消えていった。それを確認すると、レオマイルがエリスのほうに向きなおす。
「では、お嬢さん。僭越ながら私が食堂へご案内させていただきます。宜しいでしょうか?」
 右手を胸の辺りに当てて礼をする。エリスが、その急変した態度に困っていると、レオマイルが礼をした姿勢のまま、上目遣いのようにいたずらな目を向けた。その表情に気付き、エリスが笑うと、レオマイルも下げていた頭を上げ、さも可笑しそうに笑った。
 その後二人は食堂へ行き、そこでファルトと落ち合った。




「あの……ファルト様……」
 その夜、皆が寝静まった頃、エリスはなかなか寝付けることが出来ず、ファルトに声をかけた。ファルトからの返事は返ってこない。しかし、ファルトは寝ている振りをしているだけだということは、エリスの隣にあるベッドの気配から判った。
「今日、ファルト様のお兄様の事を聞きました…。それで……あの………」
 なんと言って良いのか、言うべき言葉が見つからず言葉が途切れる。それでも何かを言おうとして相応しい言葉を探していると、隣のベッドから寝返りをうつ音が聞こえた。
「別に気にすることではない」
 良いから寝ろ、と言われるがそれでは自分の気が済まず、何とか言葉を見つけようと考えあぐねる。しかしやはり見つからなかったのか、暫くすると情けない声が発せられた。
「…すみません……」
 その声に返事はなく、そのまま二人は眠りに着いていった。



名乗るべき名、と言ってますが実は両親(この場合ヘラザード王・王妃)に付けてもらった名ではないのでこの名前も正確には本名では無いんですけどね。
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