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Land Traveler - 第5章 - 14話

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 暗い空の下では先に降りたヴォルドヴェラを見つけることはできなかった。ファルトは、蒼の手綱を操ってゆっくりと慎重に降りていく。
 ようやく地面の形状がはっきりしてきた頃、目の端で何かが一瞬光った気がして、ファルトはそちらに目を向けた。特に変わった何かがある訳でもなく、攻撃が迫ってくる様子もない。が、波打つように空気がうねって押し寄せて来ているのがわかった。速度を増して近付くそれに、慌てて防御魔法を創り出すも全てを防ぐことはできず、重いその衝撃で上へと煽られる。攻撃の中心から逸れたレイラがすぐに体勢を整え、ヴォルドヴェラの影を探す。しかし、やはり下に彼の気配は感じられなかった。
 一方煽りを直に受けたファルトが強く手綱を引くも、広げた翼に受けた衝撃をうまく殺すことができなかった蒼は、ファルトを背に乗せたまま上空へと流されてしまった。ようやく体勢を整えた頃には地面よりも出てきた塔の穴が近いほどの距離まで戻されていた。急いで手綱を握り直す。
「どこへ行くつもりだ?」
 戻された距離を戻そうと蒼に指示しようとしたその時、ふいに静かな声が背後から聞こえた。次の瞬間、背中に強い攻撃が襲い掛る。
 予期していなかった背後からの衝撃に握った筈の手綱から手が離れ、前に倒れこむ。
(まずい…!)
 そのまま蒼に体を預けられれば良かったが、斜めに倒れたせいで蒼の首から重心がずれ、そのまま宙に放り出されてしまった。首を掴み損ねた手の先に、まさかの出来事に驚き見開かれた大きな瞳と、魔法を放った本人の、口元を僅かに歪めた冷徹な表情が見えた。
 レイラが必死にファルトを呼ぶ声が、悲鳴のようだった。慌てた蒼がファルトに追いつこうと翼を大きく羽ばたかせる。落ちるファルトも、体をひねり衝撃を緩めようとすぐさま魔法陣を描く。


「大丈夫ですか!?」
 激しい音と共に砂埃が舞った。落下の勢いのまま地面に強打することはなんとか避けられたものの、ゆっくりと着地などできなかった。ゆっくりと立ち上がりながら口に溜まった血を吐き出したファルトに、レイラが駆け寄って手を差し伸べる。打ち付けた背中に少し顔を歪めたファルトが大丈夫だと言うように手のひらでレイラの手を制しながら、視線を上に向ける。見上げた先に、ようやくまともにヴォルドヴェラの姿を捉えることができた。だが同時に、彼が既に次の魔法を完成させ、すぐにでも放てる状態だということも見てとれた。
 慌てて近くの岩陰に逃げ込む。すぐさま背後に雷に似た強い光が、爆音や衝撃と共に地に落ちた。
 その様子を横目で捉え、ヴォルドヴェラの動きも伺いつつ、ファルトが声を落として指示を出す。
「レイラ、七芒陣を創ったら、奴の動きを封じろ」
「わかりました」
 短いやり取りの後、すぐさまレイラが岩陰から飛び出す。同時に火球を投げつけ、ヴォルドヴェラの意識を自分に向ける。そのタイミングでファルトがレイラとは別方向へ飛び出す。間一髪だったようで、ファルトが飛び出た直後、身を隠していた岩が闇魔法によって粉々に砕かれた。
 次にレイラが放った魔法は、片手で振り払われてしまった。直ぐに今度はファルトが魔法を放つ。鋭く尖った水がヴォルドヴェラに迫るが、翳した右手をくるりと返すと消えてなくなってしまった。構えたままの右手の先でヴォルドヴェラが不敵に笑う。
「蒼!!」
 無言の挑発を無視して叫ぶように呼ぶと、心得ているかのようにすぐ様ゴウと空気が唸る。ヴォルドヴェラがその音とファルトの視線を辿って背後を見上げると、上空から迫る炎球が目の前に広がった。体をひねって避けるも服の端に火が映る。慌てた様子も無くそれを消し去り、今度は蒼に狙いを定めた。黒い光をまとった風が蒼を目掛けて一直線に飛んでいく。大きく翼を動かしその場から動くと同時に、起こした風で魔法の軌道を反らす事で間一髪避けることができた。
 続けて蒼が攻撃を仕掛け、それに意識を向けたヴォルドヴェラの背後に回りこんだファルトが剣を振り上げる。気配に気付いたヴォルドヴェラが瞬時に剣を召喚し、振り返りざまにファルトの剣を勢いよく弾く。僅かに崩れたファルトの体勢の隙を突いてヴォルドヴェラの剣がファルトの胸元を狙った。その剣先を弾き返し、振りかざした筋をヴォルドヴェラの剣が受け止める。二人の力を受けた二つの剣が甲高い耳障りな音を立てて小さな火花を散らした。剣越しの至近距離で互いに睨み合う。
 その時、ふとヴォルドヴェラの視線が弛み、片頬が上がった。
「どうだ?初めて《兄》に会った感想は?」
 そう尋ねる瞳には余裕の色が浮かんでいた。明らかな挑発にキッとファルトの瞳に剣呑さが増した。拮抗していた剣を弾き、ヴォルドヴェラから距離を取る。

「貴様を兄だと思った事など、一度もない!」
 弾いた剣を勢いよく振り払って叫んだ。感情をあらわにしたファルトに驚いたのか、少しばかり目を見開いて、ヴォルドヴェラが数歩後退る。

「そうか」
 ふ、とファルトの激情すら嘲るように目を細めて薄く笑うと、左手に構えた魔法陣をファルトに向ける。そこ陣から現れた風が渦を巻き、ファルトに向かって吹き荒んだ。強い風がファルトを襲い、そのまま後ろへと飛ばされてしまう。数m離れた距離に慌てることなく体勢を整え、同時に腰に下げたポーチに手をかける。顔を上げ、ヴォルドヴェラの後ろで指示を待つ蒼に目配せを送った。


(第一門に金…)
 ポーチから取り出した小さな金の塊を短い呪文と共にそっと地面に置く。視線の先では蒼がヴォルドヴェラに向かって炎を吐き出していた。それを見据えたまま、頭の中にウィルディスで得た魔法陣を思い浮かべ、次の石を置く位置を定める。
 そのまま移動しながら小さく呪文を唱え、手早く魔法陣を完成させる。出来上がったそれを地に押し付けると、地面が意思を持ったように動きだし、蛇のような形となり、ヴォルドヴェラに襲いかかる。ヴォルドヴェラは迫り来るそれに手を翳し頭からボロボロと崩すと、そのまま攻撃魔法を完成させて向かい来るファルトに放つ。ファルトは、放たれた闇魔法に光魔法をぶつけて相殺させ、次の石の位置へと着地する。
(第二門に白銀)
 着地と同時に金塊と同じようにポーチから取り出した銀を地面に置き、すぐ様ヴォルドヴェラに剣を向けて駆け出す。それを繰り返し、七芒星の頂点それぞれに瑪瑙、瑠璃、玻璃、翠玉、鋼玉と残りの全ての石を置き終える。その頃になると、共に戦いファルトの意図を悟られまいとヴォルドヴェラを引き付けていた蒼は幾度となく受けた攻撃によって動けなくなっていた。離れた場所でなおも起き上がろうとする蒼にもういいと視線だけで伝える。それを見て蒼は苦しそうに一つ呻き声を上げるとゆっくりと地に伏せた。それを見据えて目だけをレイラに向ける。心得たように頷くのを確認して静かに呪文詠唱を始めた。同時にレイラも急いで宙に魔法陣を描いてヴォルドヴェラの動きを封じる。指の一つも動かせなくなった事に気付いたヴォルドヴェラは、静かにファルトを一瞥すると慌てた様子もなく呪文を唱え始める。しかしそれさえも阻まれ、紡いだ言葉は力を持つ事なく宙に消えていった。
 一瞬表情が険しくなるも、何か思いついたように一切の抵抗をやめ、不敵に微笑む姿がファルトの視界の隅に写った。


「俺を殺したとて兄は戻らんぞ。お前は、兄を殺すのか?」
 優しそうな、けれどいやに耳に残る声だった。慈愛すら感じられるものだったが、ファルトの表情は変わらず冷めた視線をヴォルドヴェラに向ける。
「貴様を兄だと思った事など、一度とてない」
 何度言わせる気だ、と呪文の合間に先程言い放った言葉を繰り返す。けれどヴォルドヴェラはなおも言葉を続けた。
「お前とて俺が《何》であるか知らぬ訳ではなかろう。」
 ピクリ、とわずかだがファルトの手の動きが止まった。すぐに戻ったが、それだけで充分なのかヴォルドヴェラの口端が上がる。
「俺は…」
「痣が生み出した人格。その身体を痣で乗っ取った異物だろう」
 ヴォルドヴェラの言葉を遮っての答えに、満足げに頷く。ファルトの紡ぎ魔法陣がぼんやりと光を持ち始めた。
「異物…そうだ。この身体を殺したとて貴様の兄が死ぬだけで俺を殺す事はできんぞ?」
 ファルトの吐いた《異物》という言葉に何か思うことがあるのか、ゆっくりとその言葉を反芻する。
「…お前を殺す気はない。痣諸共封印するだけだ」
 ほう、と嘲るようにヴォルドヴェラが鼻で笑った。できるものならやってみろと言わんばかりの態度を無視して魔法陣を完成させていく。
「開門」
 一呼吸置いてファルトが発したその言葉を引き金に魔法陣が一層強く輝きを放つ。はっきりとその七芒星を現した陣を見て魔法陣の正体を察したヴォルドヴェラが眉を釣り上がらせる。
「貴様か!手引きをしたのは!?」
 バッと音がしそうな勢いで振り返りレイラを睨みつける。その眼力だけでレイラを吹き飛ばしそうな程の凄みだったが、既に完成し、効力を発揮し始めた魔法陣から逃れる術はなかった。
 光はなおも強くなる。やがて魔法陣の外からではヴォルドヴェラの様子がわからなくなる。
ファルトは目を細め、光を遮るように右手を持ち上げ、そして、しっかりと目の前の光を見つめたまま、開けた門を封じるため、口を開いた。



5章、あと1話で終わります。
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