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Land Traveler - 第1章 - 3話

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「何故命令に背いた…っ!?」
「ぐ…っ」
 重い扉が音を立てて閉まった途端、振り向き様にそんな言葉と共に相手の襟元をつかんで後ろの壁に打ち付けた。不意を衝かれたのか端からその気がないのか、普段なら苦もなく避けられるのに、抵抗もなく岩肌に背中をぶつける。
 激情を押さえ込んだ己の声は、低く振るえているように聞こえた。

(何故、どうして、お前が、お前が何故!?)
 先程から同じ言葉が頭の中を回っている。答えを持っているはずの男は、目の前でただ牢壁を見つめていた。己の自室と陛下の執務室にしか繋がらない、けれど何の変哲もない岩牢の何が珍しいのか、視線が動くことはなかった。

「何か言ったらどうだ!!」
 口を開かない相手に憤りを感じ、更に首を締め付けた。男を掴み上げた拳が震えている。広さはないが、高さはある牢内に、抑えることを忘れた激情が響き渡る。
 締め上げた喉元から呻き声が短く漏れる。薄く開いた唇が小さく動いたのを見て手に篭めた力を緩めた。

「…お前を驚かせたのは…これが初だなぁ……」
 ま、最初で最後だろうけど、等と言って薄く笑う姿に視界が狭まるのがわかった。掴み上げた体を勢いに任せて放り投げると、男は人形のように床に転がった。打ち付けられた背中に、酷く表情を歪ませた。
 戦場に赴けば国の獅子と称され、軍に組する以前は、空中から相手を仕留めるその様子から鷹と恐れられた男が、室内に篭って書物や堅物との討論に明け暮れているような自分にされるがままに転がされているのが酷く腹立たしい。腰に提げられた剣に手をかけようともしない。こうされることが当然だと理解している。
(理解していながら…)

「何故もっと先に、せめて私にだけでも告げなかった!?」
 そうすれば何かできたかもしれない。罪をなかったことにはできないだろうが、せめて…。
「それで、言い逃れて、のうのうと生き長らえろって?……冗談じゃない…」
 そうだ、こういう奴なのだ。自分の保身の為に動くくらいなら死を選ぶ男だ。そんな奴だからこそ陛下も信頼した。その性格が、こんな結末を招くとは誰が思ったであろう。
 まだまだこの国で陛下の信用に足る人物は少ない。この男を失うことが国にとって、そして何より陛下にとってどれほどの痛手になるか、それをこの男も十二分に熟知しているはずであった。

 カラン、と高い音が鳴り、靴に当たった硬いものが意識を引き戻す。視線をおろすと、装飾の施された剣が転がっていた。彼の腰あたりを見ると、常に携えているそれがなくなっている。
「お前、碌なもん持ってねぇだろ?中途半端に苦しむのも嫌いだし、それでスパッと頼むわ」
 ゆっくりと起き上がると、簡単に背中を向けられる。その背中から様々な感情や決意が伝わってくるような気がした。
 足元の剣を手に取る。普通に動いているつもりでいるのに、屈んで持ち上げるまでの時間が、酷く長く感じられた。
 手にした剣はずっしりと重い。こんなもので、お前の最後を刻めと言うのか。

「あと、どうせ真実は伝えられないわけだし、俺の死ぬ原因、さっきのでよろしくな」
 先程己の部屋でこの男が話した内容を思い出す。公にできない罪で死ぬことを考え、『偽りの原因』まで用意していた。その時点で、こうなる覚悟ができていたのだろう。
「…ああ」
 押さえつけた感情で、口元が震えるのがわかった。きっと、背中を向けているこの男にも伝わっている。
 剣を抜いた鞘が手から離れ、高い音を鳴らした。
「…悪ぃな、タランド」
 片頬だけ歪めた笑い方をした。見なくともわかる。この男が苦笑するときの笑い方だ。

 彼の言葉には答えず、剣を両手で持ち直し、高く振り上げた。




「…陛下」
「………タランドか」
 静かに部屋の扉が開き、聞き知った声が聞こえた。執務机に両肘を突き、組んだ手に額を乗せた状態のままその名を呼ぶ。近づいてくるのが小さな衣擦れの音でわかった。
「…奴は」
「ご命令のままに」
 タランドのその言葉に腹の底が冷えていくのがわかった。怒りに任せて本人を罵った先程がどれだけ楽だったか。
 感情の殺した声で淡々と報告を済ませたタランドに人払いを頼んだ。机の上に以前奴に渡した剣を置くと、タランドは一礼して去っていった。

 扉が閉められると、静寂が訪れた。灯りがともっているはずの部屋が暗くなったように感じた。
「レーヴェ…っ」
 閉じた瞼の裏に彼の顔が浮かんでは消えていった。



 
 翌日、国王軍最高指揮官、レーヴェ=ブリットランドの死が国中に伝えられた。
 原因はある貴族の領地への圧政を調べていた際に、貴族の私兵に受けた襲撃。無謀にも国軍の最高指揮官を襲撃してまで隠蔽しようとしたにも拘らず、圧政の証拠も襲撃の証拠も、重傷を負ったレーヴェ本人により国王に届けられたため、その貴族は爵位剥奪、親族までもがその階級を一つ落とすことになった。直接レーヴェを襲った私兵たちは、投獄の後氷山での土地開拓の役を科せられた。


―――すべて、レーヴェ自身が描いた筋書き通りだった。
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