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Land Traveler - 第3章 - 4話

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 もう日も暮れる頃、ファルトたちはとある森の中を進んでいた。既に歩き出してしばらく経っている。辺りは薄暗く、灯りを掲げなければ足元も覚束ないはずなのだ。しかし彼らの視界は依然はっきりと森の様相を捉えていた。もちろん、誰も灯りを燈していない。森の中に外灯のようなものも見られない。それでも今いる場所も、足を向ける先も、すべてがほんのりと明るい。では何が、と聞かれればおそらく森が、と言ったところだろうか。そう、森全体が白い暖かな光で覆われ、そこにある木々のその自らが発光しているように見える。 3人が歩く音と時折風が木々を揺らす以外、何も音がしない。光のことも相まって、どこか神々しいような、神聖な印象を受けた。そんな森を、ファルトは少しの躊躇いもなく道なき道を進む。エリスとレオマイルは説明もされないまま、彼の後を付いていた。
 突然視界が開けた場所に出た。ファルトの足はそこで止まる。生い茂る木々に囲まれ、ぽっかりと開けた空間がそこにあった。森の広間と言うべきか、樹齢何百年に及ぶであろう太く大きな幹が広間を囲っている。やはりここも明るい。ぼんやりとあたりを見渡すエリスの耳に衣擦れの音が聞こえた。釣られて音のしたほう、ほぼ対角線上にあった、木々に隠されるようにできた階段に目を向ける。そこからゆっくりと降りてくる女性を見つけた。腰を優に超えるほどもある癖のない薄い亜麻色の髪が彼女の動きに合わせてゆったりと揺れる。光を集めたような長い睫がその穏やかな瞳を縁取る。スカートを持ち上げる細い指さえも優雅で別世界のものに見えてくる。さながら神に及ぶか、と思うほどだった。最後の段に降りきったその女性が、3人に体を向け立ち止まった。呆然と見つめるファルトを除いた2人をよそに、女性はゆっくりとした動作でスカートを軽く持ち上げ会釈をする。それを受けてファルトも胸に手を当て、頭を下げる。
「もうそろそろ、来られる頃だと思っておりました」
 瞳と同様、穏やかな声だった。そのまま広間の中心へと足を進める。その視線がファルトから後ろの2人に移った。絡んだ視線に会釈をするもののその後どうして良いかわからずエリスは戸惑う。その様子に気付いた女性はくすり、と笑みをこぼすとファルトの名を呼び、視線で先を促した。
「…ああ、紹介しないといけないな。彼女はルティア・S・クレミオウス。大精霊の一人で、この森の守護者でもある」
 女性―――ルティアの視線の意図に気付いたファルトが2人のほうを向きさらりと紹介をする。大精霊、という言葉に二人の目が大きく開かれた。というのも、大精霊とは精霊の中でも、諸々において最も優れた者にのみ与えられる称号であり、ごく少数しか存在しないと聞く。しかも人前に現れることなど皆無に等しい。そんな存在とファルトが知り合いであったことに驚きを隠せないのだった。
 反応を返せない2人を尻目にファルトは、今度はルティアに2人のことを紹介する。改めて丁寧にされたお辞儀に、エリスは慌てつつも呆然としたままそれに倣う。一方レオマイルは先に我に返ったようでルティアに近づくと恭しくその手を取り、軽く口づけをして見せた。
「お初にお目にかかります。ルティア殿」
 そのままの姿勢でにっこりと微笑むレオマイルにファルトは心底呆れる。ルティアはただにっこりと笑みを返しレオマイルの手を外させた。
「立ち話もなんです。どうぞ」
 改めて3人に体を向け、先ほど自分が来た道を示す。そのままくるりと背を向けると、三人が付いてくるのも確認せずに歩き出した。


 ルティアが3人を連れてきたのは大広間と思われる場所だった。その中心にはテーブルが置かれてあり、周りを小さな光が飛び交っている。しかもそのテーブルには3人分と言うにはあまりに多い食事が並べられていた。
「どうぞお掛けになってください」
 既にルティアは席に着いていた。近くの光に2、3言言葉を掛け、3人に着席を促す。人数分用意された椅子が引かれ、テーブルに置かれたグラスにワインが注がれた。小さな仕掛け人によって進む魔法仕掛けのようなそれら一つ一つに驚きつつも、先に腰掛けたファルトに倣って、エリスは目の前の椅子に腰を下ろした。


 簡単な自己紹介と他愛もない談笑と共に食事を終えると、もう遅いからと各々客間に通された。与えられた部屋は一人で寝泊りするには十二分するほどの広さと物が用意されていた。
 荷を解いたアクエリアは窓の傍に立ちその先の景色を眺める。眼下では自分の飛竜であるケイが丸くなって眠っていた。見上げた空には何時もより大きく感じられる満月。その赤みを増した色に得も言えぬ恐怖を感じ、アクエリアは逃げるように窓から遠ざかった。






「じきに、この森にも奴らの手が伸びるでしょう」
 灯りを落とした部屋の中、ルティアの声がひっそりと響く。机の上の蝋燭の光だけが彼女と、その目の前にいるファルトを照らしていた。ルティアの声にファルトが深刻な顔で頷く。夕食時の穏やかな表情は消え、神妙な顔を見合わせていた。
「やはり、急がなければならないな……」
 その言葉に今度はルティアが頷く。机に広げた地図を指し、付近の状況を簡単に説明する。その内容にファルトの表情がいっそう険しくなった。

「『彼』について、何か新たにわかりましたか?」
 ふと思いついたのかルティアが話題を変えた。ピクリ、とファルトの口元が不自然に強張る。同時に神妙そうな表情のまま目線を逸らした。しばし沈黙が続く。ルティアは急かすような事はせず、けれど言い逃れも誤魔化しも許さないといった様子で待っている。
「解決の方法が、見つかった」
 それは搾り出すような酷く苦々しい声だった。表情も決して明るくない。解決する術が見つかったのならなぜそんな声と表情なのか。真意を汲み取れずルティアは首を傾げた。
「なにか、問題でも?」
 訊かなければ答えない人物だと知っている。だからこそ彼をまっすぐに見つめて問う。少しの間瞳を彷徨わせたファルトは意を決してルティアに視線を合わすと、己が知ったことを話し始めた。


 告げられた事実はにわかに信じ難いことだった。混乱した頭を整理するためにも暫し押し黙る。「そんなまさか」と軽く跳ね除けてしまいたかった。しかし、その情報をつかんだ場所がウィルディス国の王宮内の書庫と言われてはそれもできない。それほどまでにあの国の書庫には莫大で、しかも確かな情報が保管されている。
「以前の結末が結末だ、勿論手は加えないといけない。だがやり直しも試しも効かない。失敗すればもう、奴は止められないだろう」
 無意識に絡めていた両の手に力が篭る。噛み締めた奥歯がギリ、と軋んだ。ルティアも困ったように口元に手を当てたまま考え込む。
「魔法陣に強い精霊を一人、連れて行かせましょう。その者なら魔法陣を読み取り、最悪の事態を避けられると思いますが……」
 そう告げるもどこか不安が拭えないようで、声が弱い。しかしそれでも十分なのか、ファルトはしっかりと頷いた。
「申し訳ない」
「いえ、何時もあなたにはお世話になっていますから」
 彼にしては珍しく深く頭を下げて礼を述べる。ルティアも大したことではないと首を振って彼に顔を上げさせる。そうして広げたままだった地図をおもむろにしまった。
「ずいぶんと夜も更けました。長い旅です。もうお休みになって」
 先の事を考えて就寝を促す。否が応でもゆっくりと寝られなくなるだろう事を思うと、今、できうる限り休息を取ってもらいたかった。森にいる限り不穏なものが彼に及ぶこともない。
 扉を開けてさぁ、と促すとファルトも意を得た顔で立ち上がる。短く挨拶を交わし、二人は部屋を後にした。



ようやくルティアさんを出せた‥‥。 この世界では大きな森には必ず1人は大精霊がいます。 で、基本的には人の暮らしとは接点を持たずにひっそりと過ごしています。 あと、ウィルディスは大国ということもあって色んな情報が集まります。 ついでに研究が盛んな国なので新しい発見も生まれてたり。 そんな国なのでウィルディスの書庫、とりわけ王宮書庫には信頼にたる情報があふれています。
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