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Land Traveler - 第3章 - 9話

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 街につく頃にはすっかり日も暮れ、数多の星が天上に輝いていた。ようやく見つけた宿の女将は親切に世話を焼いてくれ、「この頃近くの街が随分減っちゃってねぇ…。大変だったでしょう?」と少し困った顔をしながら温め直したビーフシチューを三人に振舞ってくれた。湯気の立つそれを口に運びながら三人は女将の言葉に耳を傾ける。おしゃべり好きなのか、街のことから世間話まで、色んな話を思いつくままに口に出す。レオマイルはそれに相槌をいれ、時に言葉を添え稀に女将を口説く。言葉巧みな彼の言葉に「こんなおばさんからかうんじゃないよ」と言いつつも嫌な気はしないようで終始笑顔であった。

「ところで、この街は襲われたりはしていないのか?」
 あまりにも喋り続ける女将とレオマイルにファルトが顔を上げて訊ねる。ファルトの顔を見て女将は、一瞬きょとんとするも、直ぐに笑顔を見せた。
「幸せなことにねぇ。…でも正直いつ襲われるかわかったもんじゃないさ。東の《寄らずの島》はまた一段と変な感じだしねぇ。毎日毎日危険と隣り合わせじゃ同じようなもんだよ、まったく…」
 頬に手を当て、顔を曇らす女将の言葉を三人は黙って聞いていた。《寄らず の島》―――ウィズデリアは既にこの港街に住む人々の目にも異様な様を写しているようだった。三人にじっと見つめられていることに気付いた女将が「あらやだ」と苦笑する。
「悪いねぇ、せっかく来てもらったのにこんな暗い話になっちまって。まぁ難しいかもしれないけど寛いでっておくれよ」
 そう言って食べ終わった三人の食器を厨房へ持っていく女将を見送ると、今まで光の玉となり隠れていたレイラが元の姿になる。これまでの様子は見ていたようでその顔には苦笑が浮かんでいた。彼女同様苦笑していたレオマイルが顔を引き締める。
「いよいよ、か…」
「あぁ」
 呟いたレオマイルにファルトが相槌を打った。緊張の色が四人を包んでおり、交わされる言葉数が常より少ない。ただ無言でエールを呷っていた。
 数回それを重ねた時、徐にレオマイルが口を開いた。
「何時向こうに発つんだ?」
 出した声はいつもと違い、真剣なものだった。その質問に、他の二人の視線もファルトに集まる。
「明確には決めていないが…、そうだな、できることなら必要な物が揃い次第出てしまいたい」
「必要なもの…?」
 何かあっただろうかとエリスが首を傾げる。この街で調達しておかなければならないものがエリスには浮かばなかった。
「一日では帰ってこれんだろうからな」
 話は終わりとばかりに残っていたエールを煽り、席を立つ。手には宛がわれた部屋の鍵が握られていた。
「寝るのか?」
「あぁ。…支障を来さない程度にしろ」
 レオマイルの声にちらりと顔だけ向けて答える。そのまま返事を待たずに部屋へと消えていった。
 その姿を見送ったレオマイルが再びゴブレットにエールを並々と注ぐ。
「エリス達も上がるか?」
 無理に付き合わなくていいぞ、と一向に傾ける気配のないゴブレットを指して声をかける。その中身は既に空になって久しかった。
「レオマイル様は…?」
「これ飲み終わったら俺も寝るさ」
 心配しなくても飲み過ぎるつもりはないと言って笑う。その言葉にクスリ、と笑みを漏らすと「ではお言葉に甘えて」とエリスが立ち上がった。ほぼ同時にレイラも机の上から飛び上がる。挨拶を交わした二人が廊下に向かって消えていくのを何とはなしに眺める。ほとんど灯りの落とされた廊下では、直ぐに二人の影は見えなくなった。それを見届けて視線を手元に移す。先程満たしたはずのゴブレットは既に半分ほどがなくなっていた。エリスに言った手前、注ぎなおすのも憚られて残りを銅飲もうかと考えあぐねる。結局一口だけ口に含み、物思いに耽りながらゆっくりとのどを通す。
「異端児、か‥‥」
 ポツリ、とこぼれた言葉で、無意識に左手の甲を撫でていたことに気付いて笑みを漏らす。そこに何があるわけでもない。ただ、見慣れた己の骨ばった手があるだけだった。
「俺も寝るか‥‥」
 そう呟くと、残りのエールを飲み干し、レオマイルも暗い廊下の先へと消えていった。



女将の言う《寄らずの島》はウィズデリアの俗称です。昔から島があることは近くの町の住人なら知っています。 でも海岸線が崖だったり、天候が不安定なこともあり行って帰ってきた人は一人もいません。 故に《寄らずの島》。 「ウィズデリア」という正式名称を知っているのはある程度身分のある人か、学者のみです。 あと、エールはビールの一種です。たぶんググれば簡単に見つかります。 ついでにゴブレットは足つきの酒杯。これもググれば出てきます。 ここでは足の低い木製のものを想像していただければ。 ‥‥名称独自に設定してもよかったけどまぁ良いか、ってなりました。
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