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Land Traveler - 第1章 - 17話

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「ファルト様、トロルというものはあれほど多く、しかも人を襲うものなのですか?」
 食事を終え、その片づけを終え一息つくとエリスがそう切り出した。手にした二つのカップにお湯を注ぎ、木製の小皿で蓋をするとその片方をファルトに差し出す。それを受け取ると、ファルトは「いや」と短く返事を返し首を小さく横に振った。

 二人が廃墟で襲撃に遭ってから数日が経過していた。あの後残りのモンスターも早々に片付け、近くの街についたときには日も殆ど落ちていた。翌日の朝食時に前日の襲撃がトロルによるものだと聞いたエリスは、自分が知識として知っていたトロルとは大きく異なるその風貌ににわかには信じがたかったが、その日から度々同じようなモンスターに襲われるようになり、今までトロルだと思っていたものがデフォルメされたものだと思うようになった。

 そして今日も少数ではあるがトロルや別の怪物に襲われ、次の街まで辿り着けなかった。トロルの襲撃に遭うのは決まって村や街の焼け跡近くだったこともあり、それらから離れた森で夜露を防げる場所に火を熾したのが夕暮れ時だった。食事も終わった今はすっかり日も落ち、闇に染まった辺りを焚き火の明かりだけがぼんやりと照らしている。

「トロルがこの世界にどれほどいるかわ知らんが、本来は地下か山奥でドワーフどもと生活しているはずだ。奴らの縄張りを荒らしたりすれば勿論人や村を襲うだろうが、こうも続くと別の理由だろうな」
 小皿をずらすとそこから少し甘みのある柑橘系の香りが立ち上る。キールが薬草に忍ばせたそれをきちんとした手順で飲めないことを残念に思いながら香りと湯気が立ち上るそこに口をつけた。どこか鼻に抜けるようなさわやかなその味にほっと息をつく。こんな状況だからこそ、手順を簡略化してでも落ち着けるこの瞬間がありがたいと思った。
「別の、理由ですか?」
 同じように小皿をずらしたカップから湯気を立ち上らせたファルトを見上げる。ファルトの目に映ったその表情はどこかきょとんとしていた。
「同時期に複数の地でトロルと人が衝突するとは考えられん。奴らに知能など殆どないから恐らく裏で手引きをしている者がいるのだろう」
 言葉を区切ってカップの残りを飲み干す。渋みが出てしまうため、ゆっくりと味わえないのがこの淹れ方の難点だった。空になったそれを見て手を伸ばしたエリスに差し出すとお湯と蜂蜜が一匙入れられて戻される。それを受け取りながら続けた。
「あのトロル等の見た目が本来のものと異なることも考えるとそいつかどうにかしてトロルを大量に生み出して手駒に使ってる、というのが妥当と言ったところか」
 口に含むと先ほど同様の柑橘系の味に柔らかな甘みが広がった。その程よい甘みに口許が知らず綻ぶ。
「誰が…何のために?」
「さぁな」
 目を伏せて残りを飲むとカップに残った茶葉と渋みの混じった湯を火の傍に捨てた。火は1度勢いを緩めて揺らめいたが、再び二人を照らす。
 出会ってからの遣り取りで、ファルトが話をごまかしたのを知った。何かを知っていて、それを隠したい時に彼はその瞳の奥に本心や真実があるかのように瞳を伏せる。この動作の後はどう追及しても無意味なことをエリスは既に学んでいた。溜め息を吐いてファルトに倣うように茶を捨てる。
「…旅の理由と、繋がっていると考えてもよろしいですか?」
 慎重に言葉を選んだ。依然同じようにはぐらかされたこの旅の理由。「ただの気まぐれ」の言葉の裏に何かがあることだけはわかっていた。逸らされた顔が炎に照らされて陰影を映す。その表情を見て己の推測が正しいことを悟った。しかしその表情も1度の炎の揺らめきと共に消え、普段通りのふてぶてしいものに戻る。
「勝手にしろ」
「ハイ」
 ズイ、と差し出されたカップを受け取るとあらかじめ汲んでおいた水で軽く洗う。これ以上の詮索と追求は無意味だった。その間にファルトが火種を一つ手元に移して立ち上がる。その様子を見て立ち上がろうとするエリスを手で制す。
「少し辺りを見てくる。寝てろ」
 最後の言葉は脅しに近かった。いくら契約を結んだからといって守られるつもりはない、とその表情が語っていた。それがたとえ、必ずしも睡眠をとる必要がないケミル族でも、だ。

「…かしこまりました」
 溜め息を隠して大人しく腰を下ろす。その様子を見てファルトは闇に消えていった。その姿を見つめながら「主人に守られる従者がどこにいるのか」と一人ごちるエリスだった。



ケミル族は表層に出る人格を変えることで24時間以上起きていることが可能です。 正確には表層に出ていない間に睡眠を取っているのですが。 ただ、その状態で休まるのは精神面だけなので、体力面でいつかガタが来ます。 その時になると(おおよそ5,60日に1度)死んだように眠ります。 この時は何をしても起きません。 便利なんだか不便なんだか…。 二人を襲ったのはいわば量産型トロル。 子育てをしたこともされたこともないので母性も愛もへったくれもないです。 腕振り回して暴れるだけしか能がない。 そう考えると自然に生息してるトロルのほうがまだ知性がありそうな気がする。。 あ、余談ですけどファルトんは紅茶がお好き。紅茶ラヴです。 機嫌悪い時でも紅茶を上手に淹れて献上すれば1段階くらい機嫌が治る、かも知れない。
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