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Land Traveler - 第5章 - 13話

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「エリス様!!」
 ヴォルドヴェラの攻撃を直に受け、倒れるエリスの耳にレイラの悲愴な叫び声が聞こえた。受け身を取ったが、背中を壁にぶつけた衝撃でうまく息ができない。あまりの苦しさに目尻に涙が浮かんできた。苦しさを抑えて顔を上げた先には、新たな魔法を創り出しているヴォルドヴェラの姿。このままではいけない、そうは分かっていても身体が言う事を聞かない。段々と強くなる耳鳴りと魔法の気配にエリスはヴォルドヴェラから顔を逸らし、ギュッと目を瞑った。



 ガラスが割れるような音がした。けれど備えていた痛みや衝撃は一向に訪れない。恐る恐る目を開く。ヴォルドヴェラの周りにキラキラと水飛沫のようなものが舞っていた。視線をこちらから外し、伏し目がちになっただけで何の変化もなく立っているヴォルドヴェラ。そのこめかみを赤い筋がゆっくりと伝った。それを追うようにゆっくりと瞳が開き、同時に右手が切れているだろうこめかみに添えられる。指を濡らすそれを静かに見つめていた。
 一体何が起こったのか、エリスは瞬時に理解できずにレイラに目を向けた。彼女にもわかっていないようで、小さく首を横に振るばかりのレイラに、ならばと振り向きかけたエリスの肩を制すように添えられた右手。視界に影が差し、ヴォルドヴェラとの間に誰かが立ち塞がった。
「ファルト、様…」
「部下の忘れ物だ」
 先程までディオクレイアと戦っていたはずのファルトが、エリスを庇うようにヴォルドヴェラと対峙した。先程の音はファルトがディオクレイアとの闘いの時に作った氷塊をヴォルドヴェラに投げものだった。ならば彼女は?と視界を巡らせると、部屋の入り口近くに倒れこんでいる人影があった。
「ほぉ…、肩慣らしにはなったか?」
「まぁ、随分と面倒な事をしてくれたおかげで多少は、な」
 声に反応して一度こちらを見た後、床に伏したままのディオクレイアの姿を無感情に見つめるヴォルドヴェラ。これで配下の者が全員やられたと言うのになぜ落ち着いていられるのか。
 その頃、ヴォルドヴェラの周りに降り注いでいた氷の破片がようやく収まりを見せた。
「アンデラ」
 ファルトがヴォルドヴェラに翳していた左手を急に動かし、短く呪文を唱える。途端にヴォルドヴェラの周りの床に魔法陣が浮かび上がったと思うと、地面に亀裂が走り音を立てて崩れていった。
 ヴォルドヴェラが一瞬驚いたように目を見開く。そのまま崩れ落ちる床とともになす術なく下へ落ちて行く。しかし視界から消える一瞬、その口元が僅かに上がったように見えた。



 しばらく続いていた瓦礫が崩れる音が止んだ。魔法陣は床だけでなく、近くの壁まで崩し、覗いた暗い空がエリス達の耳に雷鳴を響かせる。痛みの具合を確かめるようにゆっくりと立ち上ると、エリスはすぐ傍で立ち尽くすファルトに礼を告げた。一方のファルトはヴォルドヴェラに立っていた辺りを見つめたまま動こうとしない。離れた所にいたレイラもレオの側を離れないものの、心配そうに二人の様子を伺っている。その視線が依然としてこちらを向かないファルトを捕らえ、不思議そうに首を傾げた。
「ファルトさ…」
「エリス」
 声をかけようとしたその時、遮るようにファルトがエリスを呼んだ。視線は相変わらず崩れた床に向けられたままだ。返事をし、姿勢を正すとエリスはそのまま次の言葉を待った。
「このままヘラザードへ向かってくれ」
「え…?」
 一瞬、告げられた言葉を理解できなかった。漏れ出た言葉にもエリスの様子にも気にする気配なく、ファルトは言葉を続ける。
「国王にこれまでのことを報告してほしい。…何より、一刻も早くレオマイルの治療を」
 言いながら振り向いたファルトがエリスの表情を見て苦笑する。それ程までにひどく歪んでいた。駄々をこねるように首を振るエリスの頬に、あやす様にファルトの手が添えられる。
「あのままでは命に関わるだろう」
 ファルトの視線がレオマイルに移る。つられてエリスも未だに気を失ったままのレオマイルに視線を向けた。
 わかっている。この後の戦いで、自分が役に立たないであろう事も、このままではレオマイルの命が危ないことも。わかってはいるが、今この場から離されることを納得できない自分がいるのも確かだった。



 しばらくの間、視線を伏せてはレオマイルに向け再び伏せる、といった動きを繰り返す。何度かそうやってさ迷わせていた後、グッと強く目を瞑り、唇を噛み締めた。
「わかり、ました…」
 絞り出すような声だった。無理矢理自分を納得させているのが、ファルトから見てもわかった。申し訳なく思うものの、彼女の決断に胸を撫で下ろしたのも事実だ。レイラに視線を送ると、レオマイルを連れて近付いてくる。城に入ってから外で待機していたであろう二匹の飛竜と天馬が、ファルトの指笛に応じて壊した壁から入ってくる。ファルトが天馬の上にレオマイルを乗せ、落ちないように固定している間、レイラが転移用の魔法陣の準備を進める。あっという間に基礎の部分を錬成し終わると、アクエリアに発動の方法を教えながら残りを完成させていく。ケイと天馬を魔法陣の中に入れると、ファルトの方へ振り返った。エリス同様、アクエリアの表情にも苦悶の色が見て取れた。
「全て終わったら」
 静かに話し始めたファルトに、俯きがちだった視線が上がる。
「キールの店に向かう」
 待っているとも待っていろとも言わなかった。それでも充分だった。
「お待ちしております…」
 だから、ご無事で、その言葉を飲み込んでアクエリアが少し寂しそうに微笑んだ。ファルトもしっかりと彼女を見つめて小さく頷き返す。



 一呼吸の後、レイラに教えられた通り言葉を紡ぎ、魔法陣を発動させる。アクエリアの言葉に呼応して魔法陣が描かれた床が光を放ち始める。一際強く光った魔法陣がアクエリア達の姿が消す中、アクエリアがファルトに深く礼をする姿が見えた。

 ファルトは何かを噛み締めるようにしばらくその場から動かなかった。残った魔法の気配が完全に消えると、静かに目を閉じる。グッと右手を強く握ると険しい表情で目を開く。強い光を宿した瞳でヴォルドヴェラの消えた先を見つめ、足を進める。
「行くぞ」
 そう短く告げると、共に残ったレイラの返事を待たずにぽっかりと開けた穴へ自らも飛び降りていった。



そろそろ大詰めです。
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