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Land Traveler - 第1章 - 10話

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 その身体に2つの魂を所有するケミル族。表層にどちらの魂が表れるかは、基本的にはお互いの意思のみで決める。たとえ実の親でもそれを入れ替えさせることはできない。しかし契約を結び、主人となったものだけは名前を呼ぶことで用のある魂を強制的に表層に呼び出すことができた。




 エリスと身体を共有するもう一つの魂―――アクエリアを呼び出したファルトは、彼女の言葉に「ああ」と短く答えると改めて彼女のほうに身体を向けた。そして閉じられたままの瞳に僅かに眼を見張るが、すぐに常のような不遜な態度に戻る。
「何が必要だ?」
 クイ、と顎で目の前の店を指す。どうやらここで彼女「達」が必要なものまで揃えてしまうつもりのようだ。
「そうですね…。魔法の媒体になるものと、あとできれば薬草をいくつか、あ……」
 アクエリアが口許に手を当て、考えながら答えていると、ファルトがその腰からおもむろに剣を抜き取る。彼女がそれに言葉を発する前に剣を日に晒す。声と共に伸びたアクエリアの手はそのまま宙を彷徨うことになった。
「なかなかのものだな」
 ほう、と小さく感嘆の声を発して宙に伸びたままのアクエリアの手に剣を戻す。「ありがとうございます…」と反応に困った様子で剣を受け取ったアクエリアは、そのまま店に入っていったファルトの姿に、慌てた様子で剣を鞘に戻しながらついて行った。




 開けた扉に付けられたベルがカラカラと音を鳴らす。中には、外から見えたように雑多に物が積まれていた。
 右奥には本棚ぎっしりと本が並べられ、その隙間には巻物までが詰められている。そこから視線を手元に近づければ、魔法の媒体であろう杖が立て掛けられ、そのすぐ隣の棚には瓶に入れられた何かの尻尾やいつのものか聞きたくなるような箒、更には様々な鳥の羽を設えたペン、装飾物、封蝋といった日用品まで置かれている。
 左側の奥からは様々な動物の鳴き声が聞こえ、そのすぐ横には長剣や弦の張られてない弓が無造作に置かれている。すぐ目の前には鳥かごの中から梟がじっと二人を見つめていた。
「あの、ファルト様…。この店には誰もいないのですか…?」
 店を一通り見回したアクエリアが戸惑ったように声をかけた。店内は動物の鳴き声や羽ばたきの音で騒がしいが、そこに人の気配は感じられなかった。
 ファルトはその質問に「いや…」と軽く首を横に振ると、更に足を奥に進める。そしてカウンターの前まで来るとその更に奥に向かって声を上げた。
「キール、キール!!」
 奥は暗く、人がいるかどうかどころか何があるかもこちらからは判別がつかない。その上両脇に堆く物が積まれており、それが余計に視界を悪くしていた。
「ハイ…ってファルト様?如何されました?何の前触れもなく」
 暫くして暗くなっている奥のほうからけたたましい音を響かせて、一人の男が現れた。歳は20代後半ほどであろうか、掛けていた眼鏡を外し、細い糸のような眼を不思議そうにファルトに向けながら眼鏡についた埃を拭いている。服には皺がいくつも入っており、所々汚れが目立つ。そんなキールの様子にファルトから溜め息が漏れた。
「相変わらずだな…。もう少しマシな身なりをしろといつも言っているだろう」
 呆れ返った様子のファルトの様子にはぁ、と気のない返事をし、少し頭を下げた。その様子に諦めたように再び大きな溜め息を吐くと「それよりも」と話を本題に戻す。
「飛竜が欲しいが、いるか?」
「奥におりますが…蒼に何か問題でも?」
 何なら診ましょうか?との言葉に首を横に振る。そして後ろに控えていたアクエリアをキールの目の前に引き出した。
「こいつのだ」
 蒼は至って普通だ、と続けると僅かに顔を曇らせていたキールは「それは良かった」とホッと安堵する。そして改めて目の前に現れたアクエリアに視線を向ける。急に話題を振られたアクエリアはどういうことかと説明を求めるようにファルトを見上げていた。
「……いつの間に、こんな素敵な伴侶を?」
 ファルトとアクエリアを交互に見やっておや、と声を上げる。口許がいやに上がったその表情にファルトの眉間に皺が寄った。怒気を孕んだその様子に「冗談ですよ」と肩を竦め、カウンターから店内に出てくる。二人についてくるよう促すと、店内にある数ある扉の一つを開き、扉の向こうに声を掛けた。



「ファルト様、蒼とは?」
 キールが扉の先にいるであろう人物と話している間、一つよろしいですか、と断りを入れた上で訊ねる。キールは二言三言奥に向かって苦言を言うと、二人にほうに振り返り待っているように告げるとそのまま扉の向こうに消えていった。
「あぁ、言ってなかったか。蒼、と言うのは俺の飛竜だ」
 乗っただろう、と言われてファルトに乗せられた飛竜を頭に浮かべる。その鮮やかな色ならまさに『蒼』と呼ぶに相応しく感じられた。
 その時扉が再び開かれ、キールが顔を覗かせた。お待たせしました、と店内のほうに出てくると、扉を思い切り開き中へ入るよう勧める。その言葉を聞くと、ファルトがアクエリアの背中を押し、中へと足を向かわせた。
 先に入らせたアクエリアの後についていこうとするファルトをキールが呼び止める。

「時間もかかりますし、お茶でも出しましょう。……例の話もありますし」
 後半を声を潜めて告げると、ファルトの表情が一瞬険しいものに変わった。小さく頷くと少し離れてしまったアクエリアの後を追う。店内に客がいないことを確認すると、キールは通りに面した扉の鍵を掛けカーテンを引いた後、ファルト同様扉の中へ消えていった。



キールのお店はいわゆる何でも屋さん。日用品から武器まで何でも置いてあります。 入用の際は是非ご来店下さい。 でもなま物と家具は置いてません。というか、こんな店に置いてあるなま物、不安で仕方がない(笑) ちなみに箒は大昔のもの。 今は箒で空を飛ぶ人なんていません。 「ていうか、飛竜とか使ったほうが楽じゃん。」 キールのお店はとても優秀な何でも屋さんです、ええ。
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