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Land Traveler - 第1章 - 5話

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―――ファルトとエリスと呼ばれた女性との出会いを語るには前日に遡る。



 飛竜に乗って王城から、そして王都から飛び出したファルトは、国内のとある街に降り立っていた。王城から離れてはいるが飛竜を使えばどれ程無理をさせても半日もかからない位置にある、ごく平凡な街である。市も立つし人通りもそれなりにあるが決して大きな街とは言えない。
 しかし、それがファルトの狙いであった。
 彼が飛竜に乗って城から出たのはその場にいた誰もが目にしている。彼らのほとんどは、ファルトが飛竜で行ける最も遠い街まで向かったと考えるであろう。たかだか皇子一人のために数少ない飛竜を捜索隊に使うとも思えないが、万に一つのこともある。通常の捜索隊ではこの街に辿り着くのに、3日ないしは4日はかかるであろう。それより先に必要なものを揃えて街を出てしまえばいい。そう考えてのことであった。

 街に降りて早々にファルトは衣服を全て買い換えていた。飛竜に乗る前に獣舎から拝借してきた外套を被っては見たが、裾や合わせ目から垣間見える服が目立って仕方がなかった。どれだけそれらしい物を、と見繕ってみたとしても所詮王城内で皇子が手にできる衣服。見る人が見れば一目で素材の良さがわかってしまう。そうなれば父親の元まで情報が伝わることなど簡単なことだ。
 服を持ち込んだ店の店主は目を白黒させていたが、女将が「…あんまり親御さんに苦労かけるんじゃないよ」と言うと「まぁ、逆らいたくなる歳だろうがよ」と換えの服を用意してくれた。どうやら夫婦の間で『金持ちの道楽息子の家出』と言う設定が出来上がったらしい。否定するにも面倒だったので黙っておいた。
 全てを交換すると邪魔になるだけだったので半分以上は換金してもらった。獣舎から拝借した外套は、家紋が入っていたので夫婦の前に出すことさえできなった。

 その日は持ってきた服の交換と、市場の物色だけで日が暮れた。宿の近くの酒場で軽く食事を取りながら翌日の算段を立てていた。この店も客が多く、特に酔っ払いも多かったが、そんな周りの様子など目の端にも捉えていない様子だった。


「よぉ若造!お前ぁ旅してんだって?」
 突然ドンッと机に酒瓶を置かれ、無精髭の域を超えた髭面の赤ら顔が許可も得ずに目の前の席に座ってきた。冷めた目で一瞥を遣るだけのファルトを気にもせず、「まぁ飲め飲め」と空になっていたファルトの杯を上機嫌に満たしていく。
「お前ぁどこから来たよ?あぁ待て言うな言うな!当ててやらぁ!……その格好(なり)からすっと田舎者(モン)じゃあねぇなぁ。コレナかハプシェってとこか?いや、ロベリアって事もありえるな…」
 ファルトからの返答など待たずに捲くし立てる。最も、ファルトに答える意思など甚だ見当たらなかったが。
「で実際どうよ?当たりか??」
 並びの悪い歯を剥き出しにして上半身を乗り出してくる。対するファルトは長めの前髪で表情を隠すように俯きがちに顔を背けた。たまたま通りかかった給仕に新しい酒を頼む。
「…てめぇ舐めてんのか?あぁん?」
 返事を返さないどころか、注いでやった酒に口を付けることすらしないファルトの態度に、男の機嫌が急降下していくのが手に取るようにわかった。
 男の剣幕に怯むような様子もなく、ファルトは給仕がすぐに持ってきた酒に口を付ける。ファルトよりもむしろ、酒を持ってきた給仕が目の前で不機嫌な顔でファルトを睨んでいる男に怪訝な顔をするが、とばっちりはごめんだとばかりにそそくさとその場を去っていった。
「……目上の話には、耳を貸すってのが筋ってもんだぜ坊主…」
 目を閉じて、ファルトを射殺すように向けていた視線と感情を奥に閉じ込めて再び男が話し始めた。剣呑さは和らいだが、既に話しかけてきた時の陽気さはなくなっていた。
「生憎だが、俺には貴様と話す用も義理もない」
 ようやく口を開いたファルトが発した言葉には、目の前の男と会話をする気がないことを存分に表していた。
 怒りに赤ら顔を更に真っ赤にした男だったが、すぐに何かを思いついたのか、ニヤリ、と片頬を上げると、少し離れた位置にいた先程とは別の給仕を大声で呼びつけ、酒瓶を振って追加を注文した。
「あぁそうかい。そりゃあ残念だなぁ。こっちとしちゃあお前さんに得な話だと思ったんだがなぁ」
 そっちが用がないって言うんならなぁ、と顎の辺りの髭をを片手で弄びながらニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
 さして興味も沸かなかったが、その顔が気に入らず、頬杖をついた状態で胡乱な目で男を見やった。ようやくファルトの興味を引くことができた男は満足げに鼻を鳴らす。
 こんな酒場で酒を煽りながら持ちかけてくる話などどうせ碌な物ではない。この男の身形からしても法擦れ擦れのものか、完全に引っかかるものであろう事は容易に伺えた。ならば目の前の男の言う「得な話」をさっさと突き止めて、領主に突き出してしまおうと考えたファルトは、改めて男の服装、人相をまじまじと見る。
 ぱっと見はどこにでもいる少し年季の入ったごろつきだ。服装も闇に紛れやすそうな暗い色のだぼついているように見えて実は身動きのとり易い、要は逃げやすいそれである。まぁ最も色に関しては、鮮やかな物を着るのは上流階級の者たちだけだが。
 改めて顔を見て、ファルトはあることに気が付いた。この男、古いものも含めて、傷が見当たらない。と言うことは詐欺や強奪品の転売師といった類である可能性は低い。奴らはすぐに足がつきやすく、その為いざこざで傷を作らずにいることなど不可能である。
 ならば、と考えて視線を下ろした先にふんぞり返るように座った男の腰と、そこから垂れ下がる金袋が目に付いた。
 この格好に対して豪奢で繊細な刺繍の施された麻袋。その刺繍を視線に捕らえたまま、ファルトの表情が険しくなる。


「…貴様、ケミルコレクターか?」
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