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ある婦人の手記
見上げた空に一瞬クラリ、と眩暈がした。
この北の大地にはいっそ眩しすぎるほど日の光。
一気に冬へと様子を変えていくこの季節には珍しく、ともすれば痛い、とまで感じてしまうその強さ。
皇子の誕生にこれほどふさわしい日はないでしょう。
けれど、私の心はこの空のようには澄んでくれそうにもありませんでした。
馬車に乗り、今までいた城を見上げる、そして、そこに住む国王様と王妃様、そして今日この日にお生まれになられた皇子を想う。
先ほど拝見させていただいただけですけど、利発そうなお子でした。
きっと、将来素晴らしい王となられることでしょう。
この腕に眠る我が子も、しっかりと彼の方を補佐できるように育てなければなりません。
ええ、この国にとってとても喜ばしい日であることは十分承知しております。
私にとっても、もちろん喜ばしいことに違いはありません。
ですが……、ですが何故『今日』なのでしょう?
せめて昨日、もしくは明日ならば、私も何の憂いもなく他の方と同じように喜ぶことができたでしょう。
レーヴェ=ブリットランドの―――夫の命日でなければ……。
ヘラザード王国歴965年秋、喜びに沸く大地の丘で
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