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今アクエリアの後方には夥しいほどのモンスターが横たわっていた。中央に人一人がようよう通れるほどしかない道が長々とできており、その終着にアクエリアが佇んでいる。
これだけのモンスターを倒すために相当な魔法力を消費した。身体も頭も重く、座り込んで休んでしまいたいと身体中が訴えている。そんな自分の弱さを叱咤し、足を引き摺るようにしながらも歩みを止めない。息を整えながらゆっくりと、先ほど消えたドランの気を追いながら進んで行った。
とある扉の前でその重い足取りを止めた。アクエリアはその扉の先へと意識を集中させる。既に息は十分整っており、モンスターとの戦闘で浪費した魔法力も擦り減らした神経も完全にとは言えないが戻ってきていた。もちろん万全の状態で向かいたいのは山々だが、そうも言っていられない。扉の先にはドランのものであろう酷く歪な気配が一つのみ。
俯き気味に深く息を吸う。そして、吐く。吐ききったところで顔を上げ、しっかりと扉と対峙した。すると、アクエリアがそうするのを待っていたかのようにひとりでに扉が開く。重々しい音を立てて開いていく扉にごくり、と息を飲み込んだ。
中は、ホールのようにがらんとしていた。その中に人の姿は見られない。しかし先ほどから感じている気配は部屋の中からひしひしと感じられる。意を決してアクエリアはその部屋へと足を踏み入れた。
「どうやら、全て倒したようだな」
アクエリアが完全に体を中に入れた頃を見計らったように声がした。顔を向けようとした時、自分に向かってくる強力な魔法の気配を感じ取り、咄嗟に飛び退く。
今までいた場所でガラスの砕けるような音がした。同時に左脚からつんざくような痛みが走る。息を飲んで痛みの元を辿ると、脹脛に一筋、紅い線ができている。そこからツ、と血が流れる。しかし動けなくなるほどでもない。擦り傷だと、治癒させるほどでもないと判断し、すぐにドランのほうへと向き直る。
先程は誰もいなかったはずの部屋の中央に杖をついた老人がいた。アクエリアの一連の様子を観察するかのように瞬き一つせずにじっと眺めている。
やられてばかりでいるつもりなど更々ない。すぐさま反撃のために呪文を唱え始めた。その様子さえ観察するように見つめられる。目の前で攻撃呪文を詠唱していても焦った様子も防御する様子も見せないドランに居心地の悪さを感じる。それを誤魔化すように創りだした炎を彼に向けて放つ。
ゴウ、とうねるような音を伴って炎がドランへと迫る。
それでも彼は動こうとしない。炎はもうドランの目の前だった。横にずれて避けられる距離ではない。なぜ、と訝しむ。辿っていた気配の持ち主ならば避けられるし何より防御も容易い筈だ。
なぜ、何もしない。
その時、炎にあわや接触するというところでドランがヒラリと舞った。まるで布切れが風に煽られたような、見た目からは想像もつかないほど軽々しい様子で。
くるり、と宙を一回転する。その瞬間、迫っていた炎が一瞬のうちに忽然と姿を消してしまった。後には黒い煙か霧かわからないものが一筋伸びて、溶けて消えた。
音も立てずにドランが地面に足をつける。コツ、と手にしていた杖だけが音を立てた。
魔法を放つ前と同じ状況。まるで数分のことがなかったかのようだ。
驚き固まるアクエリアにツ、と冷たい汗が伝う。
異質、その言葉が彼女の頭を過った。今まで相手にしてきた者たちと、そして先ほどのセルディスとも違う。弾かれるでも相殺されるでもなく文字通り「消えた」魔法。
「来ないのならば、儂から行くぞ?」
耳に届いたその言葉にアクエリアはハッと我に返る。咄嗟に身構えるが、消された魔法に呆然とするあまり反応が遅れてしまった。急いで防御魔法を唱え、同時に攻撃魔法を創ってドランの魔法の相殺を試みるが、後手に回った状態で創れるものなど高が知れている。
放った魔法は辛うじてドランの魔法の威力を弱めたがそのままアクエリアに向かってくる。防御魔法で粗方は防げたものの、完全にとは言えず、残骸とも言えるものがアクエリアを掠め、その皮膚を、痛みを伴って通り過ぎた。
頬にできた紅い筋を拭ってアクエリアがドランに向き合う。驚いている暇などない。目の前の敵を倒さねば。
しかし、どうやって。
先ほどのように全ての魔法が「消されて」しまうとしたら、それこそ魔法力を浪費するばかりでなんの力にもならない。消すことができない状態になればまだ勝算はあるか。
アクエリアがドランを視界に入れたまま横に動く。距離を保つようにドランも動く。ジリジリと時が過ぎていく。もちろん、二人とも無駄に横にずれているわけではない。双方様子を伺いながら呪文を紡ぎ、魔法を完成させていく。それをいつでも発動できるように、そしてそのタイミングを逃さないように気を張り詰めさせていた。
最初に動いたのはアクエリアだった。手にした複数の魔法を次々に放つと自らもドランのほうへと駆け出す。その瞳はしっかりと開かれ、その手にはドランと対峙してから一度として鞘から抜かれることのなかった剣が握られている。
アクエリアによる魔法での攻撃と、エリスの物理攻撃。これこそ彼女が咄嗟に出した答えだった。魔法がドランへ到達するタイミングと合わせられれば、どちらかの対処が甘くなる筈だと踏んでのことだった。
ドランとエリスの目が合う。放たれた魔法と開かれたその瞳にエリスの意図がわかったのか、手にした魔法はそのままで、早口で何かを口にした。その直後、ドランの足元から勢い良く土壁がせり上がった。
天井を突き破らんばかりのそれにアクエリアの魔法がぶつかる。放った魔法全てを受けてボロボロと崩れた壁を見て、エリスは考えが間違ってはいなかったと確信した。そのままドラン目掛けて剣を振り下ろす。
軽い手応えがしただけでうまく躱された。ハラリとドランのローブの端が落ちる。それを目の端で捕えながら次の一手に転じる。
またふらりと躱される。ドランの手に剣は握られていない。いざとなれば魔法で召喚する可能性もあるが、彼は基本魔法のみで戦うのだろう。
肉弾戦は得意ではない筈だがそれでもギリギリのところで躱される。そのタイミングが意図的に見えて仕方がなかった。
どこまでも余裕の体を見せるドランに対し、エリスは攻撃を仕掛けながらもどうするべきかと必死に考える。
至近距離で魔法を使えば先程の手ももっと効力を持つのかもしれない。しかし生憎エリスに魔法は使えない。逆も然り、アクエリアに剣を握らせてもおそらく隙だらけになるだろう。エリスがドランに近付きそこからアクエリアに転じるか。
だが詠唱に時間のかかる複雑な魔法ではせっかく詰めた距離を広げられてしまう。短い詠唱時間で且つ効力の大きい魔法はあるのか。
心の中でアクエリアに問う。少しの間を置いて出された答えに、エリスは再びしっかりと剣を握ってドランを見据えた。
ドランが死ななくて困っているシーン前半。
またも久しぶりですごめんなさい。
しかも続きます。
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