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Land Traveler - 第1章 - 13話

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 日中よりも随分と明かりの落ちた廊下に響いていた靴音はいつしか消え、今は僅かに鞘が鳴らす金属音だけが空気を揺らしている。
 この国の冬は長く寒い。特にこの時期は国の北にそびえるファギラ山脈からの山颪が一気に熱を奪ってゆき、たとえ室内にいても吐く息が白く曇る。現に吐いた息は目の前を白く流れて消えてゆくし、つい今しがたすれ違った不寝(ねず)の番の者もその口許を白く曇らせていた。彼に至っては敬礼のために上げた手が悴んでいるように見えた。あれでは何かあった時に即座に対応できない。何か対策を講じなければ、とここまで考えて、それが無駄であろう事を思い出した。恐らく、自分は彼の上に立つ事などもう二度とないだろう。それどころか、顔を合わせることすらない可能性が非常に高い。




 罪を犯した自覚はあった。それはもう、あの瞬間からずっと。それが、半年ほど経った今になって今更何を。

 そう、半年だ。あれより僅かに前に生まれた我が子の半年の祝いをこの間したばかりだ。半年も経った今、何をしようというのか。どんな言葉を並べても、この罪からは逃れられないというのに。こんな、表向きの死因などこさえる前にさっさと遺書と共に命を絶てば良かったのだ。無意識に篭めた力に負けた羊皮紙がたてた音に、慌ててその力を緩める。進む廊下はひんやりと冷気に包まれているのに、背中だけが熱を持ち出したのか、熱い。もう当の昔に出血も止まっているし、この程度では生死にかかわるどころか数日安静にしていれば放っておいてもすぐに癒える傷だが、果たしてわざわざ作る必要があったのか。

 いや、あったのだ。全てこの為。躊躇いなく、彼の方が私を裁くために。

 床に敷かれた絨毯の色が変わる。もうすぐ彼の執務室に着くだろう。門兵に託を頼んだから恐らくタランドもいて、奴のことだから部屋の前でイライラと待っているに違いない。そう思うと自然と口許に笑みが浮かぶのがわかった。先ほどから、関係ないことばかりが頭を過ぎる。この際に来て頭がイカれたらしい。

 一度歩みを止め、眼を細めて深く息を吸う。冷え切った空気が喉を、そして胸を冷やし、イカれた頭を少しだけ冷静にさせる気がした。白い息が細く長く流れていく。すぐ近くに目的の場所である王室がある。足を動かしている時よりも膝の震えがはっきりとわかった。軍の最高指揮官がこのザマか。あまりの情けなさに声を出して笑いたくなった。


 腹に力を篭めて正面を見据える。もう膝の震えもない。一歩一歩を踏みしめるように足を進める。恐らく、まともにここを歩けるのは最期になるうだろうから。


 願わくば、妻と息子にまでこの罪が及ばないことを――――。



さて彼は誰でしょう(笑)
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